レメンブランス | ナノ


「突然どうしたんですか稲垣さん」

「警察とかに言われるのが心配だったらそいつの事監視すりゃいいじゃん! 森本のときみたいにさ!」

そう言って爽やかなお兄さん…いや、稲垣さんは面白そうに笑った。

「あぁ、それいいね!」

「なんか森本のときみたいってのが余計な気がするんですが…」

「なら監視役は勿論宙だな」

「え?!もう決定?!」

「当たり前。お前が持って来た種なんだから自分で面倒みろ」

どうやら話がまとまってきているようだった。

「君もそれでいい?」

髭の人がにっこり笑って尋ねてきたが私が断る理由も特にないので「わかりました」と頷いた。

きっと普通の子なら嫌がるところなんだろうけど私は昔から何があっても冷静というか、悪く言えば星以外無頓着な性格らしく、滅多な事では動じないしあまり笑う事もなく、表情もあまり変わらない人間らしい。
それに監視されたところで私には困ることなどひとつもない。


「じゃあ宙くん後はよろしくー!」

「…ハイハイ、わかったよ」

髭の彼に元気に言われ、はぁと小さく茶髪の彼が溜息を着いた。

と、その瞬間。


バァァン!!


壊れんばかりの大きな音をたて居酒屋の扉が突如開いた。

びくぅッ!とその場にいた全員が驚いたであろう。
私も思わず湯呑を落としそうになった。

そして扉を見ると見慣れた美女が最高潮に不機嫌そうな顔をしてそこに立っていた。

何故彼女が此処に。美女の名前を呼ぼうとした時、別の人がその名を呼んだ。



「え、星子?」



茶髪の彼だった。


星子は扉をピシャンと閉めるとずんずんと中に入ってきた。


「電話から聞き慣れた声が聞こえてきたからまさかと思って来てみたら…っどうして静香が宙達と一緒にいるのよ!!」

「……は?」










そこからようやく話の冒頭に戻る事となる。

随分長々と思い返してしまった。意識を浮上させるとまだ騒がしく口論が続いているようだった。
何だか今日は騒がしい夜だな、と冷静に思った。



「宙、テメーの片割れなんだからさっさと静かにさせろよ。マジうるせぇし」

「いやー、星子は一度怒ると中々落ち着かないからさぁ、ごめんたっくん」

「せ、星子ちゃん落ち着いて…!」

「これが落ち着いてられる訳無いでしょ?!静香が新橋って言った時点で嫌な予感したのよね!で?!いつ静香と知り合ったのよ?!どーゆー事か説明してよっ!」

「知り合ったのは今日だけど、特に説明する事もないんだよねぇ…ってかこの子と星子知り合いなの?」

「同じ大学の同級生よ!静香はわたしの友達!てか親友!!」

「え、じゃあコイツT大生?」


稲垣さんが驚いた表情で私に目を向けた。


「はい、T大の理学部です」

「それじゃあさっき電話してたのって……星子ちゃん?」

「はい」


髭の人…いや、マスターも驚いたように聞いてきた。
星子と友達なのはそんなに驚く事なんだろうか。



「もう信じられない!あたしの知らない間に宙達と知り合ってたなんて!!しかもこんな処に…っ」



次第に怒鳴り声も更にヒートアップしてきた星子。

そろそろこのお店にもご近所にも迷惑なので彼女を止めなければ。

「…星子」


そう思い私は飲んでいた湯呑みを置くと静かに彼女の名前を呼んだ。

すると星子はぴたっと荒げていた声を止め、すんなりと口を閉じた。

周りの人は「え?」とその状況をぽかんと見ていた。

「星子、黙っててごめんね。でもそろそろこのお店にも迷惑だから一緒に帰ろう?」

「……わかったわ」

「え、せーこ…?」

茶髪の彼は信じられない、というような表情で星子と私を交互にみた。


私はバックから手帳を出しペンでさらさらと自分の名前と携帯番号、メールアドレスを書いてそっとテーブルに置いた。

「コレ、どうぞ」

茶髪の彼に向かい言ってから席を立つと星子に店から出るように促した。

えっ何よあの紙! とまた騒ぎ出したので再び「星子」と言って落ち着かせた。

「また五月蝿くなるとご近所迷惑になるので今日はこれで失礼します。すみません」

「え、あ、うん…」

茶髪の彼が戸惑ったように頷くのを見て私は口元を緩めて笑った。それを見て星子は「いやああ!」と叫び、私を茶髪の彼から隠すように私の前に立ちふさがるとまた喚きだした。

「だめだめだめだめ!!喋っちゃダメ!宙は静香と喋っちゃダメなの!!」

「ちょ、星子?なーんでそんな事言うのお兄ちゃんに向かって」

「ダメったらダメ!」

「えー何で?」

「だって…、だって」

「だって、何?」






「だって!宙、絶対静香の事好きになっちゃうもの!だから喋っちゃダメ!!!!」






「はぁ?何言って…」

「何でもよっ!!」

「…はぁ…、本当に何言ってるのよ星子。それにもう少し声のボリューム下げて。……本当にお騒がせしてすみませんでした」


そう最後に言って私はポカーンとするブラックフォックスメンバー達に会釈をしてから、星子の腕を掴み静かに居酒屋「黒孤」の扉を閉めた。








「もうっ!ホントにどーゆー事よ!」


星子が横で次々と質問攻めをしてくるのを上手く流し、私は次第に明るくなりはじめた空を見上げ今日最後の流星を探した。







(騒がしい夜が、ようやく明ける。)
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