レメンブランス | ナノ







真夜中の公園に再び静寂が戻ってきた。


「…刑事さん、もう行ったみたいですね」
「…だね」
「…………」
「……………」


何だか妙な空気が流れはじめ、私はいまだに掴んでいた彼の腕をゆっくり離した。

そして私の頭の中では先程の刑事さんが残した“ブラックフォックス”と言う単語がぐるぐると回っていた。


無言でふたりで地面の窪みから立ち上がると遠くから走ってくる人影が見えた。

やばい、まだ刑事さんがいたのかと思ったが隣の彼が「あ、リーダー」と声を発した。仲間がいたのか。しかもリーダー。


「宙!大丈夫だったか?!」
「うん、ダイジョーブだよ」
「…って、誰だコイツ」

リーダーと呼ばれた人が怪訝そうに私を見た。


「この彼女があの刑事さんから追われてるところを助けてくれたんだ」
「はぁ?」
「あと僕がブラックフォックスだってバレちゃったみたい。もう戸越さんてば余計な事してくれるよね〜」
「はぁあ?!」


二人が盛り上がって話をしているうちにそろそろ退散しようと思い「あの、」と声をかけると二人の顔が同時に私を見た。


「…厚かましい真似をしてすみませんでした。お仲間も来たようですので私はこれで失礼します」

では、と男性二人に頭を軽く下げ私はその場を去ろうと背を向け歩き出した。が、一歩踏み出したところでリーダーと呼ばれた人と茶髪の彼にがしっと両肩を掴まれた。


「顔見られてそんな簡単に帰れる訳ないだろ?」
「そーゆー事」

ごめんね? と可愛い笑顔で言う茶髪の彼が、何故か私の友人と重なって見えた気がした。










そして二人に連れていかれ着いたのが新橋にある「黒孤」という居酒屋だった。

そこには茶髪の彼とリーダーと呼ばれた人以外に短髪の爽やかなお兄さんと目付きの悪い人、30代くらいの髭の生えた人と綺麗な女の人がいた。よくみると何故か全員顔が良い。

世間を賑わすブラックフォックスはどうやら美男美女の大所帯のようだった。


居酒屋の真ん中の卓に座らされると「どうぞ」と女の人が優しい笑顔でお茶を出してくれた。


「僕のミスなんだけどさ、顔見られたし正体バレちゃったから一応連れてきたんだよね」

茶髪の彼がカウンターに座り、椅子ごと身体をこちらに向けると髭の生えた人に言った。

「そっか〜、でもうちの宙くんを助けてくれて助かったよ。あの公園ってあんまり隠れるようなところないしねぇ〜」

だからありがとう、と笑顔で言うとその人は私の前に座った。

「でも何でこんな時間にひとりで公園なんか居たんだよ」

黒髪のリーダーの人が壁に寄り掛かり腕を前で組みながら私を見た。

「確かに。怪し過ぎ」

女の人に蛭川さんと呼ばれた人に睨まれた。

私はことんと持った湯呑みを置くと蛭川さんやリーダーさんを見て口を開いた。



「流星を、見てました」



「流星?」



前に座る髭の人は復唱して首を傾げた。何だか可愛いなと思ったのは内緒だ。


「はい、私は大学で天文学を主に専攻しているんです。それで今週は獅子座流星群が出ると言われている時期なのであの公園で流星群を見ていたんです」

私は今日またまた持っていた天文学の本をテーブルに出してみせた。


「そこで星を見ていた時に茶髪の彼に会ったんです」

「で、助けてくれたんだ?」

「はい、…と言うか私が勝手にそうしてしまっただけなんですが…出しゃばった真似をしてしまいすいませんでした」

「でも怖くなかったのか?急に刑事に追われてるような奴に出くわしてさ」

カウンターの椅子の背もたれを前にして跨ぎながらそれに座る短髪の爽やかさんに興味津々に問われた。


「いえ、全然。茶髪の彼、私の友人にすごく似てたんで、怖いとか感じませんでした。むしろ逆で、それで余計な事かもしれませんでしたが、」

…つい、と思わず友人の顔を思い浮かべ小さく笑ってしまった。


「それに悪い人な気が全くしなかったので」

「……そっか」

稲垣さんは私を見て少し間を置いてから優しく笑って頷いてくれた。



「でもさ、正体がバレちゃったからにはただで帰すわけにはいかなくない?警察に話されたらマズいし」

茶髪の彼がテーブルに肘をつき頬杖を付きながら髭の人に問い掛けた。

「大丈夫ですよ、私警察に言う気はないんで」

「うーん…でもねぇ…」

髭の人が腕組みをして考えるように唸った。
それを見て傍にいた女の人が少し心配そうに「集さん」と口を開いた。

「大丈夫なんじゃないですか?彼女もこう言ってるし…」

「いやぁ、でもねぇ〜…」

「そうだよ!結衣ちゃん甘いよー」

「つーかこうなったのは元はといえば宙がミスしたからだろうが」

「たっくん揚げ足取らないで!」


次第に騒がしくなってきた時、コートの中に入れた携帯がタイミング良く震えた。

サブディスプレイで着信者の名前を確認すると夜の仕事を終えたであろう、先ほどまで話に出ていた友人からのものだった。


「すいません、友人から着信がきたので出てもいいですか?勿論ブラックフォックスの事とかは絶対喋りませんので」

「あ、うん」

私は前に座る髭の人に確認を取ると通話ボタンを押し電話に出た。
多分この居酒屋のマスターらしき髭の人が一番年上でボス的存在なのだろう。決定事項を求めるときは皆、すべてこの人に確認をするからだ。


「もしもし」
『静香、仕事終ったよ!まだ公園にいる?』
「あ…、あー…今新橋なんだけどちょっと公園とは違うところにいて…」
『え?新橋ですって…?新橋の、何処?』
「……」

どうしよう答えられない。約束した傍からブラックフォックスのアジトである居酒屋を教えるわけにはいかない。
当たり障りのない言葉を選ぼうと唸っていると蛭川さんが「喉渇いた」と呟き、茶髪の人も「あ、僕も!結衣ちゃん何か飲み物ちょーだい」と皆何か飲もうみたいな話になっていた。

その騒がしさが通話口から聞こえたのか電話越しの友人の雰囲気が悪くなったのを感じた。

『…何か男の声が聞こえたんだけど。 しかも嫌な声がいっぱい』

「え?」

『静香、そこ動くんじゃないわよ!いいわね!?』

「え、ちょ、せい…」

こ、と呼ぼうとした時には電話が切れてツーツー、という電子音がだけが流れていた。

「友達、なんだって?大丈夫?」

「多分…。何故か急に切れましたけど」

「でも此処の事は喋ってなかったからオレ等としては問題ないよん」

髭の人に笑顔で言われ少し不安を残しながらも、じゃあいいかと携帯をコートのポケットに戻した。

周りを見るとビールを飲む人やお茶を飲む人がいた。

「お茶、もう一杯いりますか?それともみんなと一緒でお酒の方がいいですか…?」

「あ…いえ、お茶で…。ありがとうございます」

女の人に笑顔で聞かれ素直に頷いた。

空になった湯呑みをキッチンに持っていくとすぐに入れてくれて湯気のたつ温かいお茶を「どうぞ」と目の前に置いてくれた。


「あっ、そーだ」

湯呑みに口を付けた時、短髪の爽やかなお兄さんが何か思い付いたように声を上げた。

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