あれから12年。
幼く、小さかった私は24歳になった。
星が囁くは、レメンブランス
「どうしてっ?! なんで静香がこんなところにいるのよっ!!」
「ひ、酷い星子ちゃん!こ、こんなところって… 一応ここオレの店なんだけど…!」
「うっさいわね!わかってるわよそんなことくらい!」
AM4:37
人々はまだ眠りについていて目覚めるにはまだ早い時間。
新橋にある居酒屋「黒狐」で茶髪のロングヘアーをきらめかせた美女の怒りの声が木魂した。
「ちょ、落ち着いてよ星子!」
「……相変わらずウルセー女だな」
「ひっ蛭川さん!!」
まさにそこはカオスだった。
声を荒げる美女に、それを宥める茶髪の男の子、ダルそうにそれを睨む目つきの悪い人、そしてそれを制止する綺麗な女のひと。
今いる居酒屋のマスターと思われる男性は美女に言われた"こんなところ"発言にだいぶへこんだらしく肩を震わせ必死に涙を堪えていた。
「ははっ!なんかすごい事になってんな」
「笑い事じゃねぇだろ…」
短髪の爽やかなお兄さんはやっぱり爽やかに笑っていて、黒髪の容姿端麗な男性はげんなりとした表情を浮かべ呆れ返っているようだった。
目の前で起こっているカオスな光景を見ながら私は出された温かいお茶を一口、口に含んだ。
あったかい。
冷えきった身体が生き返るようだった。
温かい湯呑を手のひらで包み込み、私は何故こんなカオスな状況になってしまったのかぼんやりと数時間前の記憶を掘り起こした。
ああ、そうだ。
確か星子との電話が始まりだった気がする。
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『えー! こんな夜中にひとりでとか危ないわよ!』
「大丈夫。毎年の事だから」
『でも!』
「平気」
『でもぉ〜…』
「ありがとう、星子。心配してくれて」
『! 私今日4時には仕事終わるから、終わったらスグ電話するわ!そしたら私も一緒に見る!4時頃だったらまだ見えるわよね?!』
「うん、待ってる。だから仕事頑張ってね」
少し心配性の、綺麗な友人との通話が終わり携帯をコートのポケットに突っ込んだ。
そして少し傾斜になっている芝生の上にごろんと仰向けになると視界が夜空でいっぱいになった。
都会のほぼ真ん中にある小さな公園。
この公園は少し小高い場所にあり頭上が開けているから空がよく見えるのだ。私が都会で見付けた天然プラネタリウム。ちょっとした穴場なのだ。
私は控え目に星が光る夜空を見上げ11月の、冬の冷たい空気を深く吸い込んだ。
眠る事を知らない大都会、東京。
そんな東京の夜空は4年経った今でもやっぱりまだ好きになれない。
大都会のネオンで東京の夜空は少し明るいから。綺麗に瞬く星達が本来の姿を隠してしまうのが何だか寂しい。
そんな事を思っていたらふと昔住んでいた田舎の家が懐かしくなった。
☆☆
真夜中の3時を少し過ぎ、流れる流星に目を奪われていた頃。
私は夜空から意識をふと地上に降ろした。こんな時間なのに何だか騒がしいのだ。
誰もいないはずの公園。
上半身を起こし自分の後ろを見るも何もない。私のすぐ後ろにある古いベンチがひとつに、ブランコ、小さな砂場に、二つの街頭がオレンジの光を弱々しく放っているだけ。そんな変わらぬいつもの光景。
なのに何だか騒がしい。
遠くの方から複数の人の声が聞こえ、パトカーのサイレンも聞こえる。
何かあったのだろうか。でもこんな時間に?だけど物騒なこの世の中だ。何があってもおかしくはない。
私は何かあったらすぐ逃げられるようにバックを自分の方に引き寄せた。
そういえば、と、ふとあることをひとつ思い出した。
こんな何もないところで何を騒いでるんだろうと思ったが騒がしい声やサイレンが聞こえる方向には美術館があった。
数年前に出来たばかりの近代的な建物の美術館。確かどっかのお金持ちが建てたモノだと噂で聞いた事があった。
私は美術館とか芸術関係は好きだけど特に詳しいという訳ではない。ただ見るのが好きなだけの人間だから美術館が出来たと聞いた時はちょっと行ってみたいなと思ってもまぁそのうち行こう、くらいの考えでもう3年ほど時が経ってしまったと思う。そのくらいの感覚。
そんな美術館の方からパトカーのサイレン。何か美術品が盗難にでもあったのだろうか。
美術品イコール最近世間で騒がれている怪盗ブラックフォックス。
私の頭の中でそれがイコールで繋がったのはごく自然なことだった。
今街中で“美術品”と聞いたらほとんどの人がその名前を答えるだろう。
ニュースや新聞、週刊誌、雑誌。様々なメディアでブラックフォックスという文字を見ない日の方が少ないのだから。
あまりニュースや新聞を見ない私ですら覚えてしまうくらいなのだから世間を大いに騒がせているのが否応にでもわかる。
でもまさかこんな身近でブラックフォックス絡みの事件が起こるはずもない。
だってテレビの中の事。あまりにも現実味がなかった。
そう思って私はもう一度夜空を見上げる為前を向いた。
…のだが、夜空を見上げる事は叶わなかった。
「え」
「あ」
ガサガサッと近くの茂みから音がすると思ったら少し焦った様子の、茶髪の男の子が突然現れたからだ。
薄暗くて顔はよく見えなかったがお互い目が合った瞬間、時間が止まったような感覚に囚われたがすぐに現実に引き戻された。
男の子が現れた少し後ろから複数の誰かが慌ただしくこちらに向かっているのがわかったからだ。
直感で何となく、ああこの人警察に追われてるんだな、と思った。本当にただ、何となく。
警察に追われるなんて何をしたんだと思ったが不思議と目の前の男の子に恐怖などは感じなかった。
私はバックを掴むと立ち上がり、男の子の手を無理矢理掴み公園の奥に向かい走り出した。
「えっ?!ちょっ、」
男の子が焦ったような声を出したがそれを無視して公園の奥の茂みに隠れた。
そこは地面が大きく窪んでいて座るとすっぽりと収まって外側からは見えない。
それに木も生い茂っているので完璧に死角なのだ。意外とこの場所は知られていない。
私は男の子の手を引いて急いでそこに隠れると息を潜めた。
「ちょ、ちょっと、君」
「しーっ」
「……」
しばらくすると警察の制服を着た人が数人バタバタと近くまでやってきた。
「確かにここらへんに行ったはずだったんですが…」
「とにかく探すんだ!まだ近くにいるかもしれない!」
こそっと茂みから覗くとスーツを着た若い男性が指揮を取っているようだった。
そして私たちがいる方向とは別の方へ走っていった。
「くそ、ブラックフォックスめ…」と言う台詞を残して。