まさか柳君が私と同じ、見える人だったなんて。
アナザー・ループ・ワールド(04)
窓の外を眺めながら私は溜息をひとつもらした。
古典の授業はいつも眠くなってしまうのだが今日はそんな事にはならなくて、昨日の事が頭を巡りに巡っていた。
「…木ノ下、お前に…相談がある」
「え…?」
「実は、テニス部の三年生が何かに憑かれている」
「あ…、さっきコートで柳君が話していた…?」
「そうだ。木ノ下なら気付いてくれるかもしれないと思って今日テニスコートで待っていてくれと言ったんだ…やはり気付いてくれたんだな」
「うん、結構大きいモノだったから…」
「それで相談と言うのはお前に、その先輩に憑いているものを何とかして欲しいんだ…突然こんな事を言って迷惑なのは承知だ、すまないと思っている。だか…もしも出来る事なら、お願いしたい」
そこまで話したら学校の生徒が数人来たので話を中断し、柳君は「また明日話そう」と言って帰っていった。
(…あんな必死な姿見せられたら、断るものも断れないよ)
もともと何とかしなくてはと思ったので断る気はないのだけれど。
ふと意識を浮上させると周りがガヤガヤと騒がしかった。
授業はもうとっくに終わり、お昼休みになっていた。
今日奈緒子ちゃんは風紀委員会の集まりがあると言っていたのでもう教室に姿はなかった。教科書を机にしまい、お弁当を鞄から出したとき、何故か女子生徒達の黄色い悲鳴が教室中に響いた。
何だろう、と不思議に思い顔を上げるとドアのところに柳君が立っていて誰かを探すように教室の中を見渡していたのだ。
そういえば柳君ってテニス部だし綺麗だから女子から人気あったんだっけ…、とのんびり考えているとバチッと柳君と目が合った。
それからすぐにずんずんと私の方に迷いなく近付いてくる。
「(えっ、え、えええ?!)」
そして柳君は私の前までくるとぴたっと止まった。周りにいる女子生徒からの視線がビシビシと突き刺さる。大勢の人から見られるという事に慣れていない私は完璧萎縮してしまっていた。
まさか柳君一人教室に入って来ただけでこんな注目を集めるだなんて…!
ひいいっと肩をすぼめ思わず俯く。
「木ノ下、話がある。山田も委員会で居ない事だし一緒に食べないか?」
そう言うと片手に持っていたビニール袋をがさっと私に見せるよう持ち上げた。
確かに今日はいつも一緒に食べている奈緒子ちゃんがいない。一人で食べるのも淋しいし何より断る理由も見つからない。
「え…、でも、いい…の?」
「もちろんだ。では行こう」
「えっ、えっ?!」
柳君は私の言葉を聞くなり、私の腕を掴み、立ち上がらせるとそのまま引きずられるように教室を後にした。女子生徒の悲鳴を背中に感じながら…。
柳君のこの人気は一体何…?!
そして連れてこられたのは来たのは屋上で。
屋上の扉を開けたと同時に掴まれた腕は放され、私は一気にひらけた頭上を見上げ感激の声をもらした。
「わぁ…!私、屋上に来たの初めて!」
青く広がる空に初夏の風が吹き抜けて、まるで何かから解放されたような気分になり自然と笑顔になった。
「気持ちいい…」
目を閉じ空気を思いきり吸い込み吐き出すと目を開け、また笑顔で空を見上げた。
「それはよかった」
つられたようにふっと笑うと柳君はフェンスの近くに行き、そこに座ると隣に座るよう私に促した。
「…柳君はいつも屋上で食べてるの?」
お弁当を広げも卵焼きにフォークを突き刺しぐもぐと食べながら柳君に尋ねる。
「いや、毎日じゃないが精市達とたまに食べるくらいだ。特にテニス部で集まったりするな」
「そっか、みんな仲良いんだね」
あぁ、といい柳君は飲んでいたペットボトルのお茶をコトンと置いて真剣な顔をこちらに向けた。
「それで本題なんだが…、」
「あ…うん」
私も持っていたフォークを下げ柳君を見て話を聞く体制に入った。
「…昨日は急にすまなかった。いきなり先輩に憑いているものをどうにかしてくれだなんて不躾にも程があった」
「…そんな…、それよりあの先輩はいつから憑かれてたか、わかる?」
「ああ、彼は八木先輩と言って、テニス部の現レギュラーだ。八木先輩は面倒見がよくて下級生にも同級生にも信頼されている人だ。もちろん俺も信頼している。毎日部活が終わった後も残って練習をし、決して自分の力を過信しないで、努力を惜しまない人だ。それが二週間前からだ。彼がおかしくなったのは」
「二週間、前…」
柳君はふと目を伏せ初めて暗い表情を私の前で見せた。
「…八木先輩は毎日練習を怠らずレギュラーを勝ち取った人だ。常に体力作りもしっかりしていて少しの事じゃエネルギー不足にならない。だが今は違う。少し走ったりするだけで息が上がってしまう。ずっと動きつづけるテニスじゃ致命的だ。今までの彼じゃ考えられない。それに…、」
柳君は自らの手をぎゅっと握り辛そうに顔を歪めた。
「……それに、最近あからさまに顔色が悪い。毎日、日に日に血の気が引いていくように悪くなっていく…。まるでだんだん死に近付くような感覚さえして、時々怖くなるくらいだ…」
「柳君…」
彼の辛そうな表情に話を聞いていた私まで胸をぎゅっと締め付けられる感覚になった。きっと柳君はもっと辛いのだろう…。
「だが確実にわかっている事は、先輩の体調が悪くなるたびに、憑いている赤黒いモノも大きくなっていく事だ」
「え?」
大きく、なっていく?
「あれは元からあの大きさじゃなかったの?」
「いや、あれは最初俺が気付いた時にはもっと小さかった。昨日山田に憑いていたモノくらいに」
「……」
柳君の話を聞いて私は少し考えてから顔を上げた。
「…木ノ下?」
「柳君、多分早く何とかしないと八木先輩は危険かもしれない」
「それはどうゆう事だ?」
「…おそらく、八木先輩に憑いているモノのは鬼。しかも人の生気を吸う鬼。昨日見た時、1本角が見えたの…多分、間違いない」
「……、それをこのまま何もしなかったら、どうなる…?」
柳君がごくりと息を飲むのがわかった。きっと彼は“最悪”を想定出来てるはず。でも認めたくないのかもしれない。誰かがはっきり言わなければ。
このままにしておけば彼は、
八木先輩は、
「死ぬよ」
――びゅう、
風が、吹き抜ける。
「……お願いだ木ノ下、どうにか出来るのであれば八木先輩を助けてくれ」
「柳君…」
大丈夫だよ。
もともと断るつもりなんてなかったよ、柳君。
優しい人なんだね、
大丈夫だよ、
だからそんなツラそうな顔しないで?
私の力でどこまで出来るかわからないけど、出来る限りやってみるから。
「大丈夫、だよ」
にこりと笑って柳君を見た。
「…木ノ下」
久しぶりに、九州にいる兄さんに連絡をとってみようと思う。
私の力であなたが笑顔になるのなら、