――拝啓、兄上様。
「お母さん、お父さん、いってきます」
「はーい、いってらっしゃい」
「気をつけてね」
兄さん、お元気ですか?
また無茶な事はしていませんか?
私は無事、立海高の2年に進級でき、毎日平穏に暮らしています。
あ、勿論お父さんもお母さんも相も変わらず仲良く元気にしています。むしろ良すぎるくらいなのでご安心を。
そして、2年に進級して約3ヶ月が経ちましたが、実は兄さんに報告があります。
私は自分で、自分が消極的で引っ込み思案な性格だと分かっているつもりです。いつも緊張して話したくても自分から人に話しかけられないし、きちんと友達と呼べるような人もいません。
ですが2年生になってから、こんな私に毎日話しかけてくれる人がいるんです…!
「りんちゃん、おはよー!」
「あ、お、おはよう奈緒子ちゃん…!」
「へへっ、うん、おはよう!」
それは私の前の席に座る山田奈緒子ちゃんです。
立海の男子テニス部のマネージャーをやっていて、とても美人で明るく笑顔が可愛い、優しい女の子です。
私とはまるで正反対な女の子なんです。
立海の男子テニス部といったらインターハイ常連校。うちの学校の花形中の花形の部活なんです!
そんな奈緒子ちゃんが私と仲良くしてくれているのが信じられなくて、毎日ドキドキしている私の心中を兄さんなら察してくれるでしょう…!
そしてドキドキと言えばもうひとつ……。
「この本を借りたいのだが頼む」
「あっ、は、はいっ」
2年生になり、また私は図書委員になったのですが、放課後私が委員会の当番の水曜日と金曜日に図書室にくる柳蓮二君と顔見知りになり、少しずつ、ほんとに少しずつですが、話すようになりました。
「えっと、貸出は二週間となります。」
「あぁ、ありがとう。木ノ下はもうこの小説は読んだんだったな。どうだった?お前の個人的な感想が聞きたい」
「え、あっ…、わ、私はとてもよかったと思いました。読んでて最後の意外な展開に驚きますし、私的にとてもまとまっててすっきりする、いい終わり方でしたので」
「そうか、なら期待出来そうだな」
「はい、柳君も気に入ってくれたら嬉しい、です…」
彼、柳君は立海テニス部で(奈緒子ちゃんと同じです!何という偶然!)私と同じ学年。
とても同い年とは思えないくらい大人っぽくて落ち着いてて、綺麗な顔立ちで、純和風美人ってこんな感じなんだろうな、と初めてまともにお顔を拝見したときに思ってしまいした。
そんな綺麗なお顔立ちなので、微笑まれるとつい顔が赤くなってしまいます。
人と関わり、会話をするのにも慣れていない私が、
ましてや男の人とまともに話せているのかどうが…。
不安でたまりませんし、気付いたら顔を俯かせている自分がいます。
きっと柳君に、
いえ、奈緒子ちゃんにも私は地味で暗い奴に見えている事でしょう……。
「もう時間だな、…俺はそろそろ部活に行く」
「はい。が、頑張って…下さい」
「あぁ、木ノ下も」
夕暮れの西日に照らされて、唇の端を少しあげて微笑む柳君はやはり綺麗で、私は顔を赤くして、やはり俯いてしまうのです。
カチ、コチ、カチ、コチ
柳君が図書室を出ていき一人になり、あまり利用者がいない図書室に古くなった柱時計の音だけが妙に響きます。
そして時折聞こえてくる、吹奏楽部の演奏の音、運動部の掛け声、声援、
それをBGMで聞きながら図書室のカウンターに座りながら本を読んだり、窓の外を眺めるのが、最近のお気に入りだったりします。
図書室は一階にあるのですが、その窓からはテニス部の練習風景が少しですが、見えるのです。
毎日一生懸命練習してる部員や、一生懸命動き回る奈緒子ちゃんが、見えるのです。
「(あ、)」
ノートを持って何かを書いていた奈緒子ちゃんがふとこちらに気付き、あのとても可愛い笑顔で大きく手を振ってくれました。
こんな風に誰かに手を振ってもらうなんて初めてだったので、ほんとに私なのかと不安になり、誰も居ない図書室をきょろきょろと見てから少し控えめに手を奈緒子ちゃんに振り返しました。
奈緒子ちゃんに手を振ってちょっとドキドキしていると、もっとドキドキと心臓が鳴りました。
奈緒子ちゃんに柳君が近付いて少し話したと思うと柳君の顔がこちらを見たのです。
「え…っ」
柳君がじっとこちらを見てくるので何となく私も柳君を見ていると綺麗に微笑んで軽く手をあげてくれたのです。
何故か私は奈緒子ちゃんのときのように手を振れなくてぺこ、と小さくお辞儀をするしか出来ませんでした。
立海の花形のテニス部に所属している、同じクラスの美人で優しい奈緒子ちゃんと、図書室でいつも優しく話しかけてくれる綺麗な柳君。
二人と『友達』になれたらどんなに素敵でしょうか。
どんなに心踊る事でしょうか。
いつも俯いてしまう私に、
自分から話しかけられない私に、
普通に笑顔で話しかけてくれた。
彼等にとって、
それがどんなに普通の事でも、
私にとって、
それがどんなに嬉しい事だったか。
いつか本当に、『友達』になれたらどんなに―――、
そう、思います。
だけど、
だけど、兄さん。
やはり私は恐いのです。
また前のようにみんなに忌み嫌われてしまうのではないかと。
前のように気持ち悪い人間と思われてしまうのではないかと。
二人に嫌われてしまうのが、酷く、恐いのです。
恐い、のです。
「(ああ、)」
拝啓、兄上様
(臆病な、妹より)
「山田、どうし…」
「あ、柳。同じクラスの子が居たから手振ってたの!(うふふ)」
「…木ノ下か」
「…え、アンタ知ってるの?」
「あぁ、ちょっと、な」
「(え、何その笑顔、え、何純粋に笑顔でりんちゃん見てるわけこのデータマン)」
「そうか、木ノ下と山田は同じクラスだったな」
「え、ちょ、アンタあたしの癒しのりんちゃんに変な事したら許さないからね」
「…ふっ」
「(えーっ)」
アナザー・ループ・ワールド(01)
それはある日の出来事