お前達との約束は、
果たして守れているだろうか。
それが不安で、
仕方がないよ。
アナザー・ループ・ワールド(16)
何で、ひとりにしてしまったんだろう。
何で、もっと早く気付かなかったんだろう。
何で、私はいつも大切な人を守れないんだろう。
柳くんが危険かもしれないとわかり、すぐ私の足は駆け出していた。
「あら、木ノ下さん?!廊下は走らない!それよりも授業がもうすぐ始まるんだから教室にもどりなさい!」
「す、すみません!」
「ちょっと!木ノ下さん?!」
先生ごめんなさい。
今はそれどころじゃないんです。私の友達が、
柳くんが、危ないんです。
教師の声を無視し、上履きのまま正面玄関から外に飛び出すとグランドでわいわい賑わう生徒達が目に入った。
(柳くんの、クラス…?)
必死になって目を凝らしていると『りん!』と私の後ろから駆け寄ってくるリーヤ君の姿が見えた。
「リ、リーヤ君…!」
『りん、あの集団の中に糸目野郎の気配はねぇよ。あっちの方から…、多分部室の方から気配がする』
リーヤ君の言う通りそのまま二人でテニス部の部室に向かうといつもは開いていない森とこちらとを隔てるフェンスの扉が開いていた。
よく見ると鍵が刃物か何かで無理矢理こじ開けられたような、そんな傷があった。
「リーヤ君、これ…もしかして…」
『あぁ、この先から糸目野郎の気配がする。……ついでにあの妖怪のもな』
あぁ、どうして私はいつもいつも。
柳くんに何かあったら私は…。
「りん、俺は大丈夫たい。気にすることなかよ」
昔私のせいで傷付いた幼なじみ。
なのに笑って頭を撫でてくれた、大切な友達。
己を狙う妖怪がどんなにしつこいか私は知ってる。
ひとりの時に会ってしまったらどんなに不安で恐ろしいか、私は知ってる。
そんな思い、柳くんにはさせたくなかったのに。
「(私の馬鹿…!)」
ガシャンとフェンスを力任せに開けると森の中を夢中で走った。
何年も、きっと何年もの長い間、人が踏み入れなかったこの森に、柳くんはいる。
何処、
何処にいるの柳君
『りんっ!あれっ!』
暫く走った頃、リーヤ君が指差した方に足を止め見やると木が倒れ、少し視界の拓けた場所が見えた。
そして人の気配。
あの見覚えのある後ろ姿、
「柳、くん…」
私はそれに向かって駆け出した。
「柳くん、」
お願いどうか無事でいて。
「柳くんっ、」
そう強く願い彼に向かい手を伸ばした。
お願い無事でいて
「柳くん…っ!」
「っ、木ノ下…?」
私が強く上着を掴んだせいで彼の身体が後ろによろけた。驚いた表情の柳くんと私の目がしっかりと重なる。
「や、なぎ…くん、」
「木ノ下、どうして此処に」
柳くんは驚きつつもよろけた体制を立て直し、私に体を向けた。
「やっ柳く、あの斧を持った妖怪に襲われた、んだよね?け、け怪我は? だ、大丈夫、なの?わた、わたし、全然気付かなくて、その…!ほんとに、ごめ、なさ…!」
私は柳くんの体を両手でペタペタと触り怪我がないか夢中で確認した。
「木ノ下落ち着け。確かに例の妖怪に襲われたが無事だ。怪我もしてない。大丈夫だ」
な? と柳くんは小さく微笑んで私の顔にそっと触れると親指の腹で優しく頬を撫でた。
「だから泣くな」
私の頬にはいつの間にか涙が伝っていた。
柳くんは困ったように、でもどこか嬉しそうに、私を見て微笑んだ。
その笑顔が嬉しくて、嬉しくて、
「う…うぅ…、よかった、やなぎ、くんが、無事で…」
張り詰めていた緊張の糸が切れ、安心から涙がどんどんと溢れてきた。本当に無事でよかった。涙を止めたいのに止まらなくて、私は両手で顔を押さえ下を向くことしか出来なかった。
「やなぎ、くん…ほんとに、よかっ…た」
「…木ノ下、」
柳くんの大きな手が私の震える肩に触れとても近くに感じた。ふと顔を上げると柳くんの顔が近くにあって、優しい表情で私を見ていて、
「柳、くん……」
「本当に俺は大丈夫だ。俺の為に走ってきてくれて、泣いてくれて、ありがとう。心配させてすまなかった」
そう言って微笑む柳くんはやっぱり綺麗で、
「うー…っ」
私はまた、泣いてしまったのであります。
「あーあ糸目野郎、りん泣かしてやんの!」
「リーヤ」
私達の背後からリーヤ君が息を切らせながら走ってきた。
「何だ、お前もいたのか」
「いちゃワリィか!お前がりんから貰ったお守りを落としたりするからりんと一緒に此処まできたんだろうが!」
「は…、何でそれを…」
「あ、そうなの。幸村君がね……」
私は涙を服の袖で拭うと幸村君から預かったお守りをスカートのポケットから取り出し柳くんに差し出した。
「はい、これ。幸村君が部室の中に落ちてたって言って渡してくれたの」
「そうだったのか、すまない…」
柳くんはお守りを受け取ると強く握り締めた。
「あの妖怪を見かけた後に幸村君からお守りを預かったから、もしかしたらって思って……」
「それでこんな必死になって走ってきてくれたのか…すまない」
柳くんは申し訳なさそうに言いつつも、どこか嬉しそうに笑っていて
「お前もな、礼を言う」
柳くんはリーヤ君の髪に付いた葉っぱなどを落としてやるとそっと、その小さな頭を撫でた。
『なっ!気安く触んな!オレはりんの付き添いでたまたま来ただけだ!たまたまな!』
リーヤ君は怒鳴って柳くんの手を振り払ったけれど、真っ赤に頬を染め、照れ隠しのような顔に柳くんも私もくすりと笑った。
『――さてと、仲良くやってるところ申し訳ないが話しをしてもいいかの?』
突然聞こえた咳ばらいの後に割って入って来た声に私はビクリと肩を揺らした。
『驚かせてすまないの。この老いぼれも仲間に入れてくれんか』
声の方に目を向けるとそこに一人のおじいさんがいた。白髪の長い髪と長い口髭。その風貌はまるでお伽話に出て来そうな仙人のようだった。多分、妖怪。
それに驚いていると上の方から柳くんが「あぁ、忘れてた」と呟いた。そして下の方からは『あ、』とリーヤ君が知っているように呟いた。
あれ、私だけ、知らない感じ?
「木ノ下、この妖怪が俺を助けてくれたんだ」
「そうなんだ…って!えっ?!そ、そうだったの?!」
驚いておじいさんの方を見ると『ほっほっほっ』と人の良さそうな笑顔を見せた。
「どうやらリーヤの知り合いらしい」
柳くんがリーヤ君をチラリと見るとリーヤ君は焦ったように目を反らした。
「それに俺と木ノ下の事もどうやら知ってるらしい」
「え…?」
私はそっとおじいさんの顔を見た。
おじいさんは視線を少しあげ、空を仰ぎ見ると白く長い立派な髭を片手で撫でた。
『……そうじゃの、まずは自己紹介からがいいかのぉ』
「あぁ、そうだな。貴方は誰だ。リーヤの知り合いみたいだが」
『おい!糸目野郎、この人はっ』
リーヤ君が口を開こうとしたが、おじいさんは『里依弥』と、そっとそれを制した。
そしておじいさんはゆっくり話しを始めた。
『儂はずっとこの森に暮らす老いぼれ妖怪』
『昔から人は皆、儂の事を
"覚(さとり)"と、呼ぶ』
役者は揃った。
さて、まずは何処から話そうか。
気付かぬうちに棲みついている、己のこの内なる獣はどう進化するのか。ただの獣か、それとも、