この妖怪は〔石〕探している。
そしてコイツの欲しがっている〔石〕の事を知っているのが〔一角鬼〕なんだろう。
恐らく俺が知る限りリーヤに違いない。妖怪の知り合いなんてアイツだけだ。
さらにこの妖怪は〔一角鬼〕である〔リーヤ〕とよく〔一緒〕にいる〔俺〕にもその〔石〕の在りかを知っている、と思っているんだろう。
とんだ勘違いだ。
それに妖怪に対する対応術を何も持ってない俺なら用が済んだら簡単に始末も出来るし自分も痛い思いをしなくてもすむしな。運よくお守りを無くしたときにわざわざ俺だけに狙いを定めてきたのだろう。
頭でっかちでも意外と考えているようだな。
さて、どうするか。
まともに話をして通じるか?
俺はごくりと唾液を飲み込んだ。
「………悪いがお前の言う“石”の事はわからない。他を当たってくれないか」
『……………』
……通じたか?
『…ウ、ウウ…、ウソ、ダ……ドコ、…イシ…ダセェェェエ………!!』
だよな、通じるわけがないよな。
妖怪はどうやら御乱心らしく低く獣のような叫び声をあげ、斧をブンブンと容赦なく振り回してきた。
「くっ…!」
そのお陰で周りの木の枝が斧で切られ木の幹がどんどん傷付いていく。
斧を勢いよく振り回し切られたたくさんの枝や葉が土埃を舞い上げながら上から次々と落ちてくる。
俺はそれが目に入らないよう両腕を顔の前に構えた。
そして次の瞬間、腕の隙間から鈍く光る斧の刃がすごいスピードでこちらに向かってくるのが見えた。
「っ!!」
それはまるでスローモーションのようだった。
酷く冷静に、
避けきれない。
そう思った。
あぁ死んだな。
瞬時に覚悟をし生まれて初めて味わうだろう未知の衝撃に目をきつくつむった。
「………」
が、何の衝撃も起こらない。
恐る恐る目を開けると知らない、誰かの小さな背中がそこにはあった。
「な…っ、」
見たこともない、老人だった。
老人は古い木の杖ひとつで軽々と妖怪の斧を止めていた。
『大丈夫かいの、人間の若者よ』
「あ、あぁ…」
『そりゃあ何よりじゃ』
ちらっとこちらを見て老人はしわくちゃの顔でニコリと笑うとあの妖怪を―――
「は……?」
老人を間に挟んですぐ目の前にいた妖怪は、気付いた時には離れた場所まで弾き飛ばされて痛みに唸り声をあげていた。
まさかと思った。何かの見間違いかと思った。
だがこの老人は斧を受け止めていた杖を軽く押しただけだった。
たったそれだけで、俺よりも、この老人よりも大きなあの妖怪を弾き飛ばしてしまったのだ。
「なんなん、だ…」
そして老人は杖をゆっくり下に下ろし、両手を杖の先端に置くと、あの妖怪を視界に入れ静かに言った。
『去られよ』
その一言だった。
その単調な一言で、あの妖怪は素直にすぅっと姿を消していったのだ。
まるで老人から逃げるかのように。
「…これは…、いったい」
どうなっているんだ。
それにこの老人、
妖怪、だろう。
俺は警戒心から少し、老人から後ずさった。
『そんなに警戒せんでも大丈夫じゃよ。お前さんの思う通り妖怪じゃがな』
老人はくるりと俺の方に体を向けると穏やかに笑った。
古ぼけたような、薄汚れた着流しに真っ白な長い髪と長い髭、少し伸びた長い眉毛が昔話に登場するような仙人を思わせた。それに杖も持っていたから尚更仙人のように見えて仕方がなかった。
『それにしても間に合ってよかったわい、お前さんに死なれたら里依弥が悲しむからのぉ』
「リーヤ、が…?」
老人の口から出て来た名前にピクリと身体が反応した。
『あぁ、それに前々から一度お前さんを直接見てみたかったんじゃよ』
叶ってよかったわい、とにこやかに笑っていた老人の目が突然すっと薄く開いて、俺を見た。その目は笑っているはずなのに何処か鋭さがあり、品定めをされているような、そんな感じが、した。
「前々、から…?貴方は俺を、知っているのか?リーヤから何か聞いた、とか?」
『それもある』
「それも?」
老人は己の長い白髭を撫でるように触った。
『儂は里依弥がお前さん達と出会うずぅっと前から知っちょるでの』
「は…?」
『儂には全部見えるんじゃよ。柳、連二』
老人の、このすべてを見透かしているような目を、
何故か少し怖いと、俺は感じた。
『ぜーんぶ、
見えるんじゃよ』
それはまるで必然かのように、