アナザーループワールド | ナノ





どうかあの子に、


笑顔でいられる場所を










アナザー・ループ・ワールド(14)













『りん!りんっ!』


2時限目が終わり3時限目が始まるまでの休憩中、お手洗いから出て来たところを聞き覚えのある声に呼び止められた。


「リーヤ君」


どうしたの?と人気のない廊下の隅にいるリーヤ君に近付くとプリント用紙を一枚手渡された。


「これ…」

『さっき図書室に遊びいったらりんがいつも座ってる、かうんたーってところに置いてあったから、りんの忘れ物かと思って…持って、きた……』


目をそらしながら自信なさ気に、少しうつむき加減に言うリーヤ君に思わずきゅんとした。


「う、ううん!このプリント、今日使うモノだったからすごく助かったよ…!わざわざ届けてくれるなんて…、本当にありがとうリーヤ君!」

『!』


そう言うとリーヤ君はそっか…ならよかった、と言いほんのり頬を赤く染めて嬉しそうに、どこかはにかんだ笑顔を見せてくれた。


「(うっ…!!)」


その笑顔にドキューンっと私がキュン死にしそうになったのは言うまでもない。(リーヤ君恐るべし…可愛い…!)




そしてまだ少し授業まで時間があったので私の、2年生のクラスがある2階の廊下で窓の外を眺め他愛ない話をして少し短い授業の合間の休み時間を過ごす事にした。
リーヤ君は窓のサッシに腰掛け、両足を外に出し、ゆらゆらと足を遊ばせながら今朝柳君にタックルした事などを笑って私に話して聞かせてくれた。



季節は初夏。



天気が良くて、リーヤ君の楽しそうに話す声と、少し夏らしくなってきた気持ちのいい風が、とても心地がよかった。





が、それもつかの間。



ふいに耳に入ってきた重い金属を引きづるような音に私もリーヤ君も一瞬で我に返った。



ガガガ、




ガガガ…



あぁ、さっきまでの楽しかった時間を返して欲しい。



「リーヤ、君…あれ…見えて、る…?」

『あぁ、…すっげ、ヤバいな、アレ』


自然と小刻みに震える手で自分の口を覆った。
リーヤ君も一瞬小さく震えた。
そして、お互い息を飲んだ。
リーヤ君も私も、今まで視線だけしかわからなかったあの妖怪の姿を初めて見て言葉を無くした。


白く、細く、ひょろひょろと長い体に白い着流しをきて、そして体に似合わず大きな頭には大きな目が付いていて、黒い空洞のようになっていた。
まるで絵画のムンクの叫びのようだ。

なんとも、不気味な姿だった。


そして何か重い金属を引きづるようなあの音の正体もようやく明らかになった。



『おいおい…、あんなデカイ斧なんか振り下ろされたらひとたまりもねぇぞ…。首なんか簡単に吹っ飛んじまうぞ』


同感、と言うように私は唾液をごくりと飲み込み、鈍く銀色に光る斧が目に焼き付いてしまった。

ずっと耳に入っていたガガガ、という音はあの妖怪が手に持つ大きな斧を引きづる音だったのだ。


「……っ」

妖怪はこちらには気付いていないのかゆっくりとどこかに向かい歩いていた。

怖い、不気味。
それ依然に何故だかすごく嫌な予感がして仕方がなかった。
思わず利き手で自分の胸をぎゅっと押さえた。


そしてひたすら思い浮かぶのは彼の、顔。



「(…やなぎ、…くん)」


心臓が、どくどく鳴って、


痛い、


うるさい、


呼吸がうまく、出来ない。



隣から私を呼ぶリーヤ君の声が、


遠い、




「(…柳くん、)」









「木ノ下さん」


唐突背後からかけられた声に私の乱れかけた意識が浮上した。


あぁ、この声は、


知ってる、声。



振り向くと最近やっと見慣れた藍色が視界に入り込んできた。



「ゆき、むら、く…」





「久しぶりだね、木ノ下さん」





ふわりと、綺麗な笑顔で微笑み「会えて良かった」と私に近付いた。


「ど、どうした、の…?」


「実は木ノ下さんから蓮二に渡してほしいものがあって」


「渡してほしい、もの?」

なんだろう、と不思議に思っていると幸村君は制服のズボンのポケットに手を入れ、何かを取り出すとすっと私の前に差し出してきた。


「はい、これ」

「あっ…」


それを見て私は心臓が止まりそうになった。


「こ、これ…どう、し、」


動揺してうまく言葉が出てこない。
隣でリーヤ君が「あのバカ…!」と呟き自分の額に手を当てていた。リーヤ君も私同様、心底驚いたんだろう。



「実はこれ、部室に落ちてたんだ。朝練が終わって着替えてる時にテニス部の仲間に絡まれてたから多分その時に落としたんだと思うんだ。だから、良かったら木ノ下さんから渡しといてもらえるかな」


幸村君はそっと私の手を取り、その手の中に優しく置いて、握らせてくれた。


「詳しい話は聞いていないけれど、蓮二はこれをとても大事にしていたみたいだから…」


だから君から渡してあげてくれないか。


そう言って幸村君は再び綺麗に微笑んで私の髪を自らの白く、細長い指でふわりと撫でた。


その表情と行動にどきりとしながらも直接手渡されたお守りをぎゅっと握りしめ、



「あっ、あの、幸村君…!」

「うん?」

「や、柳くんは今…どこに…!教室に、いますか…っ?」

「え、今?確か今は…」




(柳くん)


柳君は今妖怪除けの、この呪符が入ったお守りを持っていない。

そしてあの斧を持った妖怪が向かった方向は?

あそこには何がある?


でもまさか、そんな都合よく…



「(頭の中、ぐちゃぐちゃだ、)」



冷静になれ、冷静になれ私…!



「蓮二は確か次体育だったと思うから、もう着替えてグラウンドにいるんじゃないかな?」





嗚呼、


何故現実になって欲しくない事ほど現実のものになってしまうんだろう。


嗚呼、なんて―――。




(柳、くん)



あの妖怪が向かった方向には何がある?

あの妖怪は何であの方向に向かった?

あの妖怪が今まで姿を現さずこちらを見てただけだったのは?




それは――、




「え、木ノ下さん?!」







私は何かに弾かれたように走り出した。
幸村君の横をすり抜け、幸村君の髪を、揺らした。


『あっ!ちょっ、おい!りん!待て!待てってば!…ったく…』






だから私は全然知らなかった。


リーヤ君が私を追いかけて走り出した時、


幸村君とリーヤ君の目が一瞬、




『(え…?)』




合った事を。





だから私は知らなかった。




「気をつけてね、木ノ下さん」



幸村君がそう呟いて、小さく笑った事を。








複雑に絡まった糸がひとつ解けてはまたひとつ、新たな糸が絡まっていく。






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13話の、少し前のお話。

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