嗚呼、願わくば…
アナザー・ループ・ワールド(13)
『大丈夫、お前は幸せになれる』
その言葉だけには、
決して嘘などないから。
―――――
立海大附属高等学校の敷地にある広大なテニスコートのその奥。
フェンスの、向こう側。
そこはいつからかは分からない遥か昔から、木や草が深く生い茂る森だった。
学校からはフェンスで囲われている為、その森に立ち入る者はほとんどいない。
そしてそんな森の奥の何処かに誰かが掘り起こし、また戻したようなでこぼことした地面があり、そこから黒い靄(もや)が湯気のように少しずつ出ている事に気付いているモノは一体どれくらいいるのであろうか。
『おぉ、おぉ…、これはちぃとまずいのぉ』
この老人を除いて――――…。
―――――
今は古いがガーン、と言う効果音が今の俺には1番相応しいだろう。
「………」
「柳ー!次体育だぜ。早くグラウンド行こうぜー!」
俺、柳蓮二は現在進行形で非常に焦っていた。
体操着に着替えるため脱いだブレザー。その胸ポケットに触れ、そのまま手だけが動けずにいた。
「おーい、柳?どうしたんだよー」
俺の様子がいつもと違うと不信に思ったのかクラスの友人が俺の顔を覗き見るように顔を近付けた。
「あ、いや、何でもない。すぐ行くから先に行っていてくれないか」
「? わかった。遅れんなよー」
「あぁ」
男子更衣室から出ていく友人の背中を見送ってから俺はすぐさまブレザーのポケットに再び指を突っ込み、そして逆さまにし振ってみたりした。
だがいくら揺すってもそこから落ちてくるものは何ひとつない。
「………」
血の気が引く感覚がした。
思わず更衣室のロッカーに片手を付き、力無くうなだれた。
あぁ、なんて事だ。
木ノ下から貰ったあのお守りを無くした…。
アレは妖怪除けのお守りだからずっと肌身離さず持っていたはずなのに。
俺を襲わんとする妖怪から身を守る為の大事なモノなのに。
そして不安からか走馬灯のように駆け巡る過去……
『お前はりんと違って妖怪に対する護身術とか身につけてねぇんだから絶対そのお守りなくすんじゃねーぞ』
「出来るだけ身につけていて。きっと怖い妖怪から柳くんを守ってくれるはずだから…」
何故だ。
何故無くした俺…!!
確かに朝自宅を出るときは持っていたはずだ。
今は3時限目。
この数時間で何があった?
思い出せ、思い出すんだ。
そういえば朝練が終わって部室で着替えてるときに……
「やーなぎっ!」
ドンッ
「!!」
バサバサッ
「…丸井…なんだいきなり…荷物が落ちたじゃないか(イラッ)」
「わりぃわりぃ!つーかさ!お前最近女子と一緒にいるらしいじゃん!確か奈緒子と同じクラスの奴!もしかして柳の彼女とかだったりするわけ?!」
「…………違う」
「マジで?なーんだ、仁王から聞いて期待したのブッ「違うんじゃ参謀!俺は何も言ってないマジでほんとにだから気にしないで下さい!」
「………そうか、俺は先に教室に行くぞ」
――パタン
「はぁ、」
『糸目野郎ーっ!』
ドンッ!
「ぐはっ…!」
バサバサーッ
『朝練に荷物拾いに糸目野郎は今日も働き者じゃのー!良きかな良きかな!! はっはっー!!』
「………」
イラッ
どっちのときだ。
確実に丸井かリーヤのときに間違いない。
何なんだ、今は人にタックルして手荷物を撒き散らすのが流行なのか。
とにかく部室の中か外のどちらかにあるはずだ。
探しに行かなくては命に関わるやもしれない。
……とりあえずアイツらには後でキツイお仕置きが必要だな。
その頃丸井とリーヤの背筋に鋭い悪寒が走ったのは言うまでもない。
「はぁ、」
これは一体今日何度目の溜息だろうか。
俺は結局体育の授業をサボってしまった。
「部室の中にはない、か…(丸井の線は消えたな)」
テニス部の部室は体育をしているグラウンドとは離れていて部室の正面とは反対側なので俺がいることはグラウンドからはわからない。
「(広い敷地と部室の作りに感謝だな)」
そんな事より早く探さなければ。
今は授業よりもこっちが大事だ。
ここ最近俺を、俺達を見ている妖怪がいるのは事実。
木ノ下のように妖怪について学んだわけじゃないが俺にも解ることはある。
あの妖怪の、こちらを見るあの目線。
感じたのは不快感と恐怖。
初めてあの視線を感じたとき、心底あのお守りを持っていてよかったと思った。
あのお守りに、木ノ下に、助けられたと思った。
それに木ノ下から貰ったものを無くしたままにはしておきたくない。
だから早く見つけないと。
お守りを持っていない状況であの妖怪に出くわしたら最悪な事になる。確実に。
そんな事になる前に何としても見つけださなければ。
きっとこの部室の前あたりに落ちているはずだ。
早く
ガガガ…
早く、
ガガガ…
早く見つけなければ、
ガガガ…
そう思ってコンクリートの地面に目を向けたとき、聞き覚えのある不快な音が耳に入ってきて俺の体はそのまま動きを止めた。
次第に近付くその音に知らず知らずのうちに冷や汗が自らの頬を伝った。
ガ、ガガ、
先程まで明るかった視界に影が落ちると同時にあの何かを引きづるような音もピタリと止んだ。
「……、」
空気が頼りない一本の細い糸のようにピンと張り詰めた。
時間が、止まったような感覚がした。
グラウンドで授業をするクラスメイト達の声も、かすかに音楽室の方から聞こえていた歌声も、すべてが聞こえなくなった。
無に、なった。
聞こえるのは早鐘のような自分の心臓の音のみ。
そしていつ切れるか解らないピンと張り詰めた糸のような空気がそれを一層強くした。
『……イ…、…ハ、ドコ…ダ…』
低く這いずるような声が頭上でし、ゆっくりと顔を上げ見えたものは、白い、大きな妖怪が鈍く光る大きな斧を振り上げている姿だった。
―プツン―
糸の切れる、音がした。
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〜おまけ〜
【柳の回想で柳が部室を出た後の部室内での会話】
パタン(柳が部室を出る)
仁「……(顔面蒼白)」
丸「むがむが!(手離せよ仁王!)」
仁「…お…、お、お前アホか!そんなストレートに聞く奴があるか!俺を殺す気なんか?!今の参謀の目めちゃくちゃ怖かったぞ!!目だけで殺されると思ったぞ!もっとオブラートに包んでまろやかに聞けるじゃろ!空気読んで発言しんしゃい!!」(丸井の胸ぐら掴んで半泣き)
丸「わ…悪かったって、そんな泣くなよ」
切「えっ!柳先輩怖くて聞けなかったっスけどマジで柳先輩に女いるんスか?!どんな人ですか?!どんな人ですか?!ねぇねぇ!!」
仁「うるさいんじゃ!もう俺に何も聞くな!!本気で殺される!」
真「お前達早く着替えて教室に戻らんか!!いつまでじゃれあってるつもりだ!!」
幸「(多分蓮二の絶賛片想いだから他人に言われるとピリピリしちゃうよねー。まぁ俺は面白いからいいけど)」
相変わらず騒がしい部室。