アナザーループワールド | ナノ
どうしても




強くなりたかったんだ。







アナザー・ループ・ワールド(11)








それなりに、長い時間を生きてきた。


最後に覚えている父は、広い大きな温かな背中で。


最後に覚えている母は、優しい笑顔で。


俺はまだ、小さかった。








『里依弥は、私達の宝物よ』

『里依弥、母さんやみんなを守れる強い男になれよ』

『うん!俺強くなる!』






温かな、日々だった。


永遠だと、思ってた。





でもそれはもう、



遥か昔の事。







――――――







俺とりんは糸目野郎のいるであろう教室に向かうべく廊下を歩いていた。

休み時間ってヤツになると教室に閉じこもっていた奴らが一斉に出てきて賑やかになる。騒がしいけど別に俺の事が見えてるワケじゃねーし、どーでもいいんだけど。


それよりもりんがアイツに渡したいものがあるからついて来て欲しいと言うので俺は仕方なくついてく事にしてやった。




『なぁなぁ、糸目野郎に何渡しにいくんだよ』

「うんと…、お守り…みたいな感じ、かな?」

『……ふーん』



隣を歩くりんをちらっと横目で見上げると、りん少し緊張気味に廊下を歩いていた。

ついこの間知ったがコイツは人見知りが激しい。きっと自分の教室と図書室以外をあまり行き来しない。だから慣れている場所以外に行くのはどうしても緊張してしまうのだろう。




『………』




けれど、



りんの横顔は、どこか嬉しそうに口元を緩めて笑っていて、


「ん?」

『…別に。…何でもない』




その優しげな笑顔が、何となく、




『里依弥』




いつか見た母の面影を、


想わせた。



…りんは控え目で、


優しい奴だ。





「あっ柳君」




柄にもなく色々と耽っていると糸目野郎のクラスに着く前の廊下でたまたま奴と出くわしたらしい。糸目野郎はりんを見つけると少し驚いたように目を見開いた。



「…木ノ下?」

「ご、ごめんね急に来ちゃって…今大丈夫、かな?」

「あぁ」

『ちなみに俺様もいるぞ』

「木ノ下が訪ねてくるなんて珍しいな。何かあったのか?」

『無視かコラ』

「ここ毎日嫌になるほどお前の顔ばかり見てるからな、もう結構だ。(キッパリ)」

『テメェなぁ!俺だって…!』

「それより、どうしたんだ?」

『無視かコラ』(2回目)


りんと違って糸目野郎は、ムカつく奴だ。


「ご、ごめんね。自分のクラス以外に行くの、ちょっと緊張するから、リーヤ君について来てもらったの…」

「……なるほどな」

『ふんっ』

俺は腕を前で組み顔をそむけた。

糸目野郎はそんな俺の事を少し見ると「ふっ」と笑い目線をりんに戻した。

…糸目野郎はやはりムカつく奴だ。


「あっ、それでね…えっと、」


りんは思い出したように慌てて自分のスカートのポケットに手を突っ込み、ごそごそと何かを探し出し目的のモノを取り出すとゆっくり糸目野郎に差し出した。


「これ、柳君に…、なんだけど…」

「…俺に?」

「うん…」


糸目野郎は受け取ると不思議そうにソレを見つめた。

ソレは神社で売っているような赤く四角い布袋のお守りだった。でもそれはよく見ると手作りらしく少し歪んだ形だった。


「ごっごめんね…!私普段あんまりお裁縫とかしなくて、イビツになっちゃったんだけど…ソレ、中に私が書いた妖除け(あやかしよけ)の呪符が入ってるの。多分、人に取り憑くようなちょっと怖い妖怪から守ってくれると思うから…えっと…、その…っ」


おいおい…何だよ、りんの奴緊張し過ぎだっつの。いつもよりも吃りすぎだし顔も赤いし…。糸目野郎も手にのせたままのお守りを凝視したまんま動かねぇし。


「ああああの、余計な事とは思うかもしれないけど…その、よかったら…、」

「木ノ下」

「は、はい…!」


視界の隅に糸目野郎がぎゅっとお守りを大事そうに握りしめたのが見えた。


「…ありがとう、大切にする」


そう言って糸目野郎は優しく笑ってりんを見た。


「…うっ…うん!」


りんは微かに頬を染めて心底嬉しそうに、笑った。



『……』


コイツら、こんな風に笑うのか。

傍らのふたりを眺めながら俺はふとそう思った。

りんは控え目だし人見知りが激しいから慣れた奴の前でしかあまり笑わない。例えば同じクラスの#友人名前#って奴とか。それでもそこまで笑わない。

糸目野郎もそこまで表情豊かってわけじゃない。笑うといっても「ふっ」とか「ふん」みたいな嫌味な笑い方が殆どだ。

だからコイツらふたりが素直に笑ってるのは初めて見た。

…まぁ、三日くらいしかちゃんとコイツら見てねぇから何とも言えねぇけど。




けどそれでも分かることは色々ある訳で。




『(…ふーん、成程ね)』







そんな事を思っていたら鐘が廊下に鳴り響いた。



「あっもうチャイムが…!じゃ、じゃあ柳君、また後でね…っリーヤ君も付き合ってくれてありがとう…!」

「あぁ、」

『おー』


りんは慌てたようにこちらに背を向けた。


「…木ノ下!」

「え?」


糸目野郎に突然呼ばれりんはきょとんとした様子で振り返った。
俺もいきなり何だと思って糸目野郎を見上げた。


「コレ、ありがとう。大事にする」


糸目野郎はりんに見えるようにお守りを軽く掲げそう言った。

りんは一瞬驚いたような顔をしたがすぐに嬉しそうな笑顔を見せてから自分の教室に戻って行った。



『……』

「………」

『…………』

「…………何だ」

『別に何も言ってねぇだろーが』

何なんだコイツ。糸目野郎は微かに赤くなった頬を隠すように俺から顔をそむけた。(全然隠せてねーけど)

『お前も授業ってヤツだろ?さっさと行けよ』

「あぁ、お前に言われるまでもなくわかってる」


やっぱりコイツはムカつく奴だ。

糸目野郎はりんから貰ったお守りを大事そうにブレザーの胸ポケットにしまい微かに笑った。

…お守り貰っただけでどんだけ嬉しかったんだよコイツ。



『……授業遅れるぞ。さっさと行けっつーの』

「あぁ。…じゃあな、リーヤ」

『…は?って!!お前いきなり何すんだよ!ちょ、イテェっつーの!!』


何を思ったか糸目野郎は突然俺の頭をグシャグシャと荒く撫で回した。
しかもちょうど今朝の朝練でコイツにボールをぶつけられタンコブが出来たところを触りやがった。

マジでイテェんだけど!


「今朝は少しやり過ぎた。悪かったな」

『は…?』

「タンコブ、気合いで治せ」


糸目野郎は俺の頭を一度優しく撫でると、「ふっ」といつもの嫌味な笑いを浮かべ自分の教室に入って行った。



『…………』



廊下にはもう騒がしい人間は誰もいなくて、
妙に、最後に撫でられた感覚が頭に残っていた。




『………何なんだよ、アイツ』




こんなに優しく頭を撫でられたのは久しぶり過ぎて、どうしていいかわからなかった。




『…あぁもう、訳わかんねぇ』




顔が熱いのなんか、気のせいだ。

誰かに優しく撫でられた感覚が嬉しかったなんて、そんな事、

絶対に気のせいだ。


『思いっきり当てたくせに、気合いなんかで治るかバーカ…』




やっぱりアイツは、ムカつく奴だ。





















ほんとは俺が悪いって

わかってたよ。

でも

俺はどうしても、

強くなりたかったんだ。

























愛しい、
そう、愛しくて愛しくて仕方ない"あの"日々がいつまでたっても頭から離れないのであります


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