強さとは何でしょうか。
孤独とは何を生むのでしょうか。
アナザー・ループ・ワールド(09)
私の目の前で小さな男の子が金色の瞳でこちらを睨んでいる。
額の真ん中にある小さな角がただの男の子ではない事を物語っていた。
「この子が…柳君の言っていた…?」
柳君はどっと疲れたようにため息をついて「あぁ、そうだ」と言った。
私はごくりと息を飲み、ゆっくりとこちらを睨む鬼の子供に近付いていった。
「あ…、えっと、貴方が、」
『近寄るな女っ!』
鬼の子の声に私はびくっと足を止めた。
『お前のせいでっ…!お前のせいで俺は力を失ったんだ!!』
「っ、」
私を見る金色の瞳は俄(にわ)かに潤んでいて、とても悔しそうだった。
その様子に私の足はそれ以上動けず、その場に佇んでしまった。
「……だが人にとり憑いて生気を奪っていたのは事実だ。そのおかげで人ひとり死にかけた」
柳君が鬼の子供に言った。
「柳君…」
「お前があの時の鬼とはまだ少し信じられないが…、何故八木先輩に憑いた」
柳君は鬼の子供をじっと見つめながら尋ねた。それは真剣で、見ている方までその雰囲気に呑まれそうだった。
それくらい八木先輩を危険に晒(さら)した事は柳君にとって深刻な事だったのだろう。
大切なテニス部の仲間、なのだから。
そんな雰囲気を鬼の子供も感じ取ったのか柳君を見てほんの少し後ずさった。
『…そ…っ、そんなの!ただ憑きやすかったからに決まってんだろ!それ以外に理由なんかあるかっ!!』
「でっ、でも、貴方は鬼と言ってもまだ子供みたいだし、人に憑く力もまだそんなに無いはず…どうしてあんな力を…、それにあの姿…今の貴方と違いすぎる」
ふと三日前の出来事が脳裏を掠(かす)めた。
「貴方は…、どうやってあんな力を手に入れたの…?」
今この子を目にしてやっとわかる。
あの時の力はこの鬼の子本来の力じゃない。ましてや自然と身についたモノでもない。
あれは突然何らかの形で付けた力。
上辺に付けた、ただの後付けの力。
「どうやって…あの力を手に入れたの?」
私は膝を折り、鬼の子と目線を合わせ金色を見つめた。
『…そんなこと聞いてどうするつもりだ』
「知りたいの。ただ本当の事が」
お願い、と小さく言うと鬼の子はバツが悪そうに目線を逸(そ)らした。
「…俺からも頼む」
「柳君…」
私のすぐ隣で同じように膝を折り柳君が鬼の子と目線を合わせていた。
「きっと先輩に憑いたのだって何か理由があったんだろう?そしてまた俺達の前に現れたのも。全部理由が」
『……』
「教えてくれないか、この理由(わけ)を…」
柳君はどこか宥(なだ)めるような、落ち着いた優しい声色で鬼の子を見つめて言った。
『糸目…』
「頼む、教えてくれ」
鬼の子は柳君の真剣な様子を見て何か考え込むように俯いた。
黒い前髪が邪魔をしてその表情は見えない。
『………わけ…』
「え?」
搾り出すような声に私はうまく言葉を聞き取れず聞き返した。
『んな…簡単に…』
「は? 何だ聞こえない」
今度は柳君が聞き返す。
『んな簡単に教えるわけねぇーだろバーーーーッカ!!!』
「え…?」
ゲラゲラと笑う鬼の子に私はピシリと石の如く固まった。
『その女になら頼まれりゃちょっとは教えてやろうとは思ったが糸目野郎に言われたんじゃ教えてやんねぇよー!ザマァミロ!バァァァーーーーッカ!!!』
「………」
「えぇぇぇぇえ…!!」
何その理不尽な答えー!
ちょ、柳君黙ったまんま動かないんだけど…!!(恐怖)
私は突然起こったあまりの出来事に冷や汗を垂れ流しあたふたするしかなかった。
『教えて欲しかったら俺様を捕まえてみろってんだ!ププッ!今朝の恨みじゃ糸目野郎!明日から覚悟しとけよなっ!』
「ちょ、あっ…!」
『はっはーんだ!!』
そう言って鬼の子は高らかに笑いながら茂みの中に消えていった。
引き止めようとした私の右手だけが虚しく空を舞った。
「……」
「………」
ど、どうしよう。
隣の柳君が黙ったまま何も言わない。
それが逆に怖い。
「やな…ぎ、君…」
私は勇気を振り絞り、恐る恐る横にいる柳君に目をやる。
柳君は少し俯いていて表情はわからなかったが口元は微(かす)かに笑っているのが見えた。
「…そうか、やはりアイツはこの期に及んでもそういう事を言うんだな…」
「え」
「あのガキ、上等じゃないか」
「(えぇぇぇぇええ…っ!)」
こうして柳君と鬼の子の戦いの火蓋が静かに切って落とされたのであった。
「や、ややや柳君…!」
「大丈夫だ、問題ない」
「え、何が…?!どの辺が…?!」
「覚えていろよあの餓鬼」
「えぇぇぇぇえ…!」
それはまるで始まりの合図かのように