アナザーループワールド | ナノ


冷静になれば見える事はいくらでもある。









アナザー・ループ・ワールド(08)












私は図書委員の仕事が終わってから足早にテニスコートの前へと向かった。
テニスコートが見渡せる、あの木の下。指定席になりつつあるいつものあの場所。



(あ、)



木の下についてゆっくりテニスコートを見渡すと、柳君と八木先輩が何やらふたりでノートを見ながら話をしているようだった。



あれから三日。



三日が経った。




八木先輩の顔色も良く、どうやら体調も良好らしい。




よかった、元気になって。



私はほっと胸を撫で下ろしたが、それよりも今問題なのは昼休みに聞いた柳君の話である。




(鬼の子供、か…)





柳君の話によれば鬼の子供は自ら八木先輩に憑いていた鬼だと言ったらしい。

あの時の事を思い出してみるが、あの鬼はどうやっても子供には思えない。



(どういう事、なんだろう…)



けれども八木先輩に憑いていた鬼には少し疑問に思った点がいくつかあった。


まず私が鬼を結界に閉じ込めて妖力を奪おうとしたとき――…












「-----私は今からあなたの妖力を今後一切人間に憑けないよう、奪います。」

『やっと人間に憑く力を手に入れたのにそれを奪うだと?!そんな事させてたまるかっ!ふざけるな!』













あの鬼は、


彼は、


"やっと人間に憑く力を手に入れたのに"


確かにそう言っていた。


そして最後に、もう人間には憑かないから"この力"だけは奪わないでくれと、私に懇願した。


その時は祝詞を唱えるのに必死で疑問に思っても考える暇などなかった。

けど今なら冷静に考えられる。



あの鬼の台詞から考えられる事、




私が思うに、あの鬼はもともと
"人に憑く力"など持っていなかったんじゃないだろうか。
もともとがあまり力の強くない小さな妖怪か…、






そう、例えば








"子供"の妖怪







とか。



そして"何らか"の形や方法で人に憑く力を手に入れる事ができ、それで八木先輩にとり憑いた、とか。







と言ってもいくら考えたところで結局は私のただの憶測なのだけれども。



真実は誰にもわからない、


本人以外誰にも。



だけど、この憶測が今の段階で最もしっくりくるモノでもあるのだ。


これが今、私が考えられるすべての事。


とにかく柳君が見たという鬼の子に会ってみない事には何も始まらない。

また何かあってからじゃ遅い。


だけど妖怪なんて皆神出鬼没だ。いつ姿を現すもかわからない。



「こう…運良く会えるといいんだけどなぁ…」

「何に?」

「うん、柳君が今朝見たっていう子供のお…、」

「子供の、お?」


ハッとして、あるはずのない声にピシリと石の如く私の体が固る。

自分の世界に入りすぎて人が近くにいたのに全く気が付かなかった。
ギギギっと錆びた鉄よろしくゆっくり横を向くとそこにいたのは見覚えのある、


美しい、男の人。




「ゆっ…幸村君…?!」

「久しぶりだね、木ノ下さん」



ふわりと幸村君は私を見て微笑んだ。まるで天使のようだ。

でもまさか幸村君がこんな近くにいるなんて…!



「あ、れ?!部活は…?!」

「もうとっくに終わってるよ。たまたま木ノ下さんが見えたから…でも考え事の邪魔しちゃったかな?」

「うっううん!邪魔なんて全然…!大丈夫、だよ」


そう、よかった、そう言ってまた幸村君は天使の如く微笑んだ。
あぁ、まさか部活が終わっているのにも気付かないほど自分の世界に入っていたなんて…!
確かによく見ればさっきまでテニスコートにいたはずの部員達は誰ひとりとしてそこにはいなかった。

はぁっと溜息をつき、私は少し俯いた顔をあげ、幸村君を盗み見るようちらっと見上げてみた。


……うん、前も思ったけど、やっぱり

綺麗な、人。



幸村君は立海一モテる人だと、噂でちょくちょく耳にする事はあった。(奈緒子ちゃん曰く「みんなあの男に騙されてるのよ、あたしに言わせりゃ全員哀れな女よ!可哀相なこって!ハンッ!」てな具合らしいけど…)
兎にも角にも、幸村君とはクラスも違うし、広い学校故あまり見かける事もない。私の中で卒業するまで話す事はないと分類されていた人なので今目の前で起こっている事に本気で驚いている。




「木ノ下さん、蓮二を待ってるんだよね?」

「あ、う、うん…」

「多分もうすぐ来ると思うから大丈夫だよ、今着替えてるところだから」

「あ…ありがとう…、そ、それより…、幸村君、私の名字知ってたんだね、」


幸村君は普通に私の名字を呼んでいるが私は彼とまともに喋った事は一度もない。前に図書室で柳君と一緒にいる時に柳君を呼びにきた彼を一度見ただけだ。
名乗った事は多分、一度もないはず。

まさかクラスでも地味な私の名前を、立海一有名な人が知っているなんて、



「あぁ、そっか、ごめんね。そういえばこうやって話すのは初めてだったよね」

「う、うん…」

「木ノ下りんさん、だよね。君の事は前から知ってるよ」


にっこりと極上の笑みを浮かべると幸村君は私の頭にポンッと手を置きふわりと撫でた。突然の事に「えっえっ」とあたふたしていると楽しそうに私を見て微笑み、彼は爽やかに言った。



「君の事は知ってる、だって君は蓮二の1番のお気に入りだからね」







「…え…」





ザワッと風が私達の間を吹き抜けた。

幸村君の綺麗な髪が強く横に靡(なび)く。


私は幸村君の言葉を今だよく理解できず、きょとんと彼を見つめる事しか出来なかった。


「ふふっ」

「え、お気に入りって、…え?」

「精市!」



どうゆう事、と口から言葉が出てくる前に覚えのある声色にそれは掻き消されてしまった。

声のした方に目をやると走ってきたのか息を切らした柳君がそこにいて私達を見ていた。


「柳君…、」

「もう来たんだ、蓮二」


幸村君は振り向いて柳君を見ると「あーあもう時間切れか」と少しつまらなそうに声をあげた。


「精市、お前木ノ下と…」

「ふふ、やだなぁ。そんなに心配しなくても何もしてないよ。ただ木ノ下さんと普通に話してただけ。ね、木ノ下さん」

「えっ、あ…、う、うん」

「…本当なのか、木ノ下」


こちらを見て真剣に尋ねてくる柳君に首を上下に激しくこくこくと動かし頷いた。

柳君が何故そんなに真剣に、
必死な表情で見てくるのか、私にはわからなかった。

「じゃあ蓮二に怒られないうちに俺はそろそろ退散するね」

幸村君はその様子を見てくすりと面白そうに笑うと肩にかけているテニスバックを持ち直し、私達に背を向けすたすたと校門に向かい歩きだした。

そして数歩歩いて立ち止まると振り返り「じゃあまたね、木ノ下さん」と楽しそうに笑い、一瞬ちらっと意味深に柳君を見て、そのまま去って行ってしまった。





「……」

「…………」





何故だか嵐が去ったような感覚に襲われ、私は暫くぼーっと幸村君の去っていった方を見つめていたが、ふいに私の髪に温かい何かが触れた。


「……髪に葉っぱが付いていたぞ」

「…えっ、あ…、ありが、とう」

「いや、大した事じゃない」



いつの間にか近くにいた柳君と、髪に触れる柳君の手に妙にドキドキし、それを隠すように私は顔を伏せお礼を言った。




「…精市に、」

「え?」



柳君の口からゆっくり出てきた名前に反射的に顔をあげると真っすぐ私を見つめる柳君の瞳と、私の瞳が重なった。


「……本当に、精市には何もされなかったか?」

「う、うん…、ほんとにちょっとだけ話してただけだよ、突然話しかけられたから、少しビックリしたけど…」


何か誤間化すように、咄嗟にへらっと笑うと柳君は「…そうか」と一言呟き何処かほっとしたような、安心したように笑みを浮かべ私を見つめた。


「やな、ぎ…君、」


「何もされてないならいいんだ、…安心した」


柳君は私を見つめたまま、風で頬にかかった私の髪を払うよう軽く指先で触れると、そのまま頬と髪を撫でるように掌全体で私に触れた。


「あ…、」


柳君の掌は温かくて、優しくて、それが触れている頬から直に伝わってきて、

私は思わずかあっと顔を赤くさせた。



「柳、君」

「…木ノ下、」


柳君の低くて艶のある声に名前を呼ばれどきりと心臓が跳ねた。

どうしよう、ドキドキする。心臓が、破裂しそうで…

「柳…、く…」
















『はっはー!糸目野郎!やっと見つけたぜ!!今度はあの小娘も一緒とはな!色々手間がはぶけたぜ!はっはー!!!』



「おい鬼のガキ、出てくるのは結構だが空気を読め」




「…………」










どうやら柳君の言っていた鬼の子供、あらわる…、


のようです…。





(柳君、今まで頑張って鬼の子供って言ってたのについに鬼のガキってモロ言っちゃった…!)






あなたの声は蜜より甘く感じるのは何故でありんしょう

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テーマ「人外ファンタジー」
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