立海大附属高等学校の八木先輩に憑いていた鬼との決着が何とか着いた。
その後、八木先輩は体調も元通りに戻り彼等テニス部はインターハイで華々しく優勝を飾る事になるのですが、その前に少し時間を戻させてもらう事にします。
アナザー・ループ・ワールド(07)
話しは八木先輩に憑いた鬼の妖力を奪う事により無事祓う事に成功した3日後の事でした。
「――そうか、木ノ下が妖怪が見えるのは家系のモノだったのか」
私と柳君は学校の図書室にいた。私は貸出カウンターで、それを挟んで柳君がパイプ椅子に座っていた。昼休みなのだけれど相変わらず利用者は少ない。
「うん、だからと言って必ずしも皆が皆、妖怪が見えてるわけじゃ、ないの。お父さんは感じる事は出来ても全然見えないし、お母さんもぼんやり見えるくらいだし…、ちゃんと見えるのは家族の中で私と兄さんだけなの。その中で、おばあちゃんが1番強い、かな」
私は柳君にだいたいの事を話した。
母方の祖母が九州でおじいちゃんと神社をする傍ら、妖怪退治、所謂(いわゆる)祓い屋と言われるモノを生業(なりわい)としている事。
その仕事を今は兄が継いで、神社の神主をやりつつ妖怪退治をおばあちゃんと一緒にやっている事。
そして妖怪が普通に見える人間は妖怪から血や肉、命などを狙われやすく、その為、昔九州に住んでおばあちゃんに妖怪から身を守る護身術として呪術を教わった事。
それらは一般的には絶対有り得ないような内容の話だ。
でも柳君はその話を疑う事なく、真剣に私の話を聞いてくれていた。
そして話し終わるとふいに窓の外を眺め「世の中にはまだまだ知らない世界がたくさんあるんだな」と小さく噛み締めるように呟いた。
彼、柳君は小さい頃から私と同じように妖怪が見え、賢い故に友人にも親にですらそれを言えずにいた。
妖怪が見えるなんて言ったらどうなる事か。彼は幼いながら理解をしていたから。
この人はずっと妖怪を見えてしまう自分自身を、人知れず悩んできたのだろう。
この綺麗で、賢い人は。
たったひとりで。
ずっと――――、
そう思うと私は胸が締め付けられる想いだった。
私は幸せだったんだ、どんなに気味悪がられようが、私には両親や兄がいた、私は恵まれていた。そう考えれば考える程自分が酷く、我が儘な人間に思えて仕方なかった。
「…木ノ下?どうかしたか?」
物思いにふける私を連れ戻すように柳君に声をかけられ慌てて「何でもない」と首を横に振った。
「そういえば柳君、何か話があるって言ってなかったっけ?」
私は今日、朝のHRが始まる前にやってきた柳君の「話したい事がある」と言われたのを思い出し話題を彼に振った。
柳君は「そうだったな」と言うと、自分の耳を疑う第一声を放った。
「実は今朝、鬼の子供にあったんだ」
「は…?」
その話の内容に私は更に自分の耳を疑うこととなる。
―――今朝、俺はテニス部の朝練で朝早く学校に向かっていた。
しかも今日に限って部室の鍵を預かっていたものだったからいつもよりも早く家を出たんだ。
まだ辺りが薄暗いくらいの早朝だ。勿論学校に着いても周りには俺以外人は見当たらなかった。
だが部室の鍵を開けて中に入る手前になって突然声がした。
『オイ兄ちゃん、ちょっとツラ貸しなァ』
どこのヤンキーだ。
しかもこんな朝早くに。
いまどきのヤンキーは早起きなのか、そう思いながら振り返ると誰もいなかった。
空耳かと思い、また部室に入ろうとしたら
『オイコラてめぇ!シカトしてんじゃねぇ!!下だ、下!』
まさかと思い振り向いて視線をゆっくり下にやると、
いた。
小さな、子供が。
だいたい身長は1メートルくらい。黒い髪に切れ長でつり上がった金色の瞳。それに現代ではあまり着ないであろう少しよれた青い着物を着ている幼い少年だった。
それに額の真ん中には小さく出っ張る角があり、少年が只の子供ではないと物語っていた。
(妖怪、か。)
しかも多分、鬼。
つい先日の事もあり正直関わりたくないと思った。
「…何か用か?」
『テメェ、ちょーっと背が高いからってスカシてんじゃねぇぞコラ羨ましいなんて微塵も思ってねぇんだからなチクショウ』
「羨ましいのか」
何て分かりやすく態度に出る鬼なんだ。
『っんな訳ねぇだわけバーッカ!!貴様のような下等な人間になんか羨ましがるわけなぇだろ!俺様はな!誰もが恐れおののく…って聞けーーーーーーッ!!!』
やたらクソ生意気な妖怪の子供の話しに、聞いているのが面倒になった俺は無視して構わず部室に入った。
そして内側からしっかり鍵をかけるのも忘れずに。
「子供が勝手に学校に入ってくるな。早く帰れ」
『なんだと貴様っ!出てこいっ!俺様が怖いからって逃げるのか!!』
バンバン!
鬼の子供はドアを叩きながらギャーギャー騒いでいたが俺は無視を決め込み、そのうちどっか家にでも帰るだろうと踏み、部室の中でゆっくりユニフォームに着替え始めた。