「……」
「………」
さっきの鼓膜が破れてしまうんじゃないかと思う程の悲鳴は消え、今は逆にシーンと音がするんじゃないかと思うくらいの静けさに包まれていた。
「……終わった、のか?」
「終わった…みたい…」
私達は突然の静けさに呆けてしまっていた。
そしてお互いゆっくり顔を合わせると私はまだ柳君に抱きしめられていたままなのを思いだし、またかぁぁっと顔を赤くし、ぱっと離れた。
「ごごごご、ごめんなさいぃぃっ…!」
「いや、こちらこそすまない。木ノ下がふらついていたのでとっさに手が出たんだ」
「あ、ありがとう…助かりました」
ほてった頬を両手で隠すように冷ましていると「ううっ…」と下の方から声が聞こえた。
八木先輩を忘れていた。
「あれ、ここは…?」と上半身を起こし辺りを見渡す八木先輩に柳君が近寄り、膝をついて先輩の背中を支えると「大丈夫ですか」と尋ねた。
「あぁ…、それより俺は何でここで寝てたんだ?」
「……記憶がないんですか?」
「柳に自主練付き合うついでに話があるって言われたのは覚えてるんだが…それから全然記憶がなくてさ」
柳君は少し驚いてから、ほっとしたように笑い「八木先輩は途中で倒れたんです」と上手くごまかした。
それによってその場は何とか収まり、八木先輩は倒れたなら今日は大人しく帰るよ、と笑って帰っていった。
「…八木先輩、顔色も良くなったし、なんだか前よりも元気になったみたいでよかった」
帰って行った八木先輩の背中を見つめながら私は安心からか自然と笑顔になった。
「あの大きな鬼はどっか消えちゃってたけど、妖力は殆ど奪ったから、もう今後一切人には憑かないと…、思う」
「そうか…」
「これでインターハイも安心して大丈夫だよ」
私の言葉に柳君はほっとしたように小さく笑い、
そして私に体を向けると
「……本当にありがとう」
頭を下げられた。
「お前は嫌な顔ひとつせず俺の突然の頼みを聞いてくれた。本当に、ありがとう。感謝してもしきれない」
「柳君…、」
柳君は顔をあげると私を見て言った。
「…それに嬉しかった」
「え?」
「今までずっと一人だと思っていた。こんな風に、同じように妖怪が見える人に出会えるなんて思いもしなかった」
「(あ、)」
柳君を見て、ふと頭をよぎるのは一人だった頃の、小さな私。
彼も、一緒…なんだ。
ただ育った環境が違うだけで、
「…私も一緒だよ。柳君と同じ。柳君と会えて私もすごく嬉しい」
私は口元を緩ませ柳君を見て微笑んだ。
そしてすぐに柳君も微笑んでくれて、暫く二人で顔を見合わせ笑い合った。
が、私はある事を思い出し口を開いた。
「ねぇ柳君、…おこがましいかもしれないんだけど…、あの…」
少し顔を赤くし、急に指をもじもじしだした私を見て柳君は「なんだ?」と首を傾げた。
「えっと、その…、」
私!
言うなら今しかないわ…!
言うのよ!
「あっあの…!柳君っ!私、前からずっと言おうと思ってたんだけど、その…っ!私…、」
「木ノ下…?」
「わっ、私と友達になってください…!」
かぁぁぁっと盛大に顔を真っ赤にし俯く。最初こそ意気込んで声は大きかったものの、途中で恥ずかしくなり最後の方はもう蚊の鳴くような声だった。
あぁ、ついに言ってしまったァァア…!
柳君はこれでもかってくらい目を見開いて驚いていた。
そして何故かすぐに落胆したように片手で顔を半分覆い、はぁーっと長い溜息をついた。
や、やはり私なんかが柳君の友達なんておこがましすぎただろうか…?!もしかして困らせてる?!知り合いならまだしも友達はやはりまずかったのか…!
「あっ、ごめ、やっぱ嫌だったよね、図々しかったよね…!今の忘れて!ほんとごめ……!」
「い、いや!そうじゃない!図々しなんて思ってない!」
「え?」
珍しく大きな声を出した柳君に顔をあげ半泣きになりそうなのを堪えてながら彼を見上げた。
「嫌だとか、そうではなくて…、むしろ一瞬でも期待した俺が馬鹿だったというか何と言うか…、」
「え?あの、よく聞こえないんだけど…、」
顔をそむけブツブツと何かを呟く柳君の声は聞き取れなかった。
が、気持ちをようやく立て直したのか、こちらに向き直ると私に言った。
「俺達はもう、とっくに友人だろう?」
思わぬ彼の言葉に、きょとんとする。
「違うのか?」
私がいまだ答えられないでいると柳君にもう一度、同じ事を聞かれた。
「違うのか?」
「……違わ、ない…?」
「――ああ、そうだ」
違わない。
その時、ふと笑った柳君は月明かりに照らされてとても綺麗で、優しくて。いえ、月よりももっと綺麗で。
私までつられて笑顔になってしまいました。
「そろそろ帰るか。もう遅いしな」
「うん…!」
そうして私達は二人並んで夜の学校を無事、後にしたのです。
「柳君!」
「なんだ」
「呼んだだけ!」
「そうか」
「柳君!」
「なんだ」
「私達、ともだち!」
「そうだな」
「今はまだな」と柳君が不敵に呟いていたのを私が知る由もない。