アナザーループワールド | ナノ


「今から本格的に憑いている鬼を払います」



覚悟は出来た。







アナザー・ループ・ワールド(06)








「今から先輩に憑いてる鬼を引きずり出して妖力を奪うから、柳君はちょっと離れてて」

「妖力を奪う?」

柳君は私の言う通り少し離れながら聞いてきた。

「詳しくは後で話すけど、私は人にとり憑いた妖怪を体から追い払ったり、妖力を奪って人間にもう取り憑けないようにするかしか出来ないの。本当にちゃんと退治出来る人は限られてるから…」

「そう、なのか…」

「うん…あ、柳君、八木先輩の名前教えてもらえる?」

「名前?八木竜也だ」

どうして名前を? と不思議に思っている柳君にありがとう、とお礼を言い私は倒れている先輩に向き直り両方の掌を胸の位置で合わせた。
そして呼吸を整え落ち着かせると先輩の体の影に隠れる鬼を見据え祝詞(のりと)を唱えた。



「掛まくも畏(かしこ)き大神の広前に恐(かしこ)み恐(かしこ)み申す、彼の者八木竜也、図らざるにものの怪憑り懸りて悩み苦しめり、汝その姿を晒し給え」


祝詞を唱え終わると共に私の周りにざわっと風が起こり、先輩の体に隠れる靄が低く唸りながら震え出した。


「これは…、」

「鬼、今すぐ八木竜也の体から離れなさい」


ぴしゃりと言い放つと靄は泡のようにぶくぶくと複雑にうごめきだした。
それと同時に靄だったものが次第に巨大化し、3メートはあろうかという大きな鬼の姿に変貌していた。


「まさか、こんな…」

「うそ…、」


柳君と私は冷や汗を流し、姿を現したあまりにも巨大な鬼を見上げた。

鋭く長い手足の爪に、額から突き出る一本の角、ボサボサの長いザンバラ頭、そしてゴツゴツした赤い身体。

予想以上の大きさ、
予想以上に恐ろしい風貌。

まさかここまでの大きな鬼だとは思ってもみなかった。100歩譲って田舎で物凄い山奥ならまだわかる。でも何故神奈川の、都会に近いこんな場所にこんな大きな鬼がいるなんて誰が思うか。
ありえない。

一体どうなっているの。



『俺をこの人間から離したのはお前か小娘がぁぁ!!』

黄金色のギラギラした大きな目で鋭く睨まれ、大きな声で怒鳴られる。
その声に雷が走ったように体がビリビリとした。


「っ、」


正直怖い、帰りたい。
でもダメだ、怯(ひる)むな私…!



『もうすぐこの人間の生気を全部吸い尽くせたのによぉ、おまけにこんな狭い結界に閉じ込めやがって…!さっさと出しやがらねぇか小娘ぇぇえ!!!』

「だ、だ、出せません。私は今からあなたの妖力を今後一切人間に憑けないよう、奪います。」

『何? やっと人間に憑く力を手に入れたのにそれを奪うだと?! そんな事させてたまるかっ! ふざけるな!』


「(やっと人間に憑く力…?)」


不可解な鬼の言葉に眉を寄せるが、鬼は突然結界を強く叩きだし『こっから出せ! 出せ!』と暴れだした。

けれど暴れたって無駄だ。これはおばあちゃんに教えて貰った結界である。そう簡単に破れたりはしないはずだ。


「木ノ下、結界にヒビが入りはじめたぞ!」


おばあちゃんんん!!??


「いっ、今すぐ妖力奪います!結界が破られる前に…!」


私はあたふたとスカートのポケットから黒い数珠を出し、再び両手を胸の前で合わせた。

そして深呼吸をし目を閉じ集中する。


「…“高天原に神つまります、大天主太神の命もちて、八百万の神達を神集えに集えたまい、神議りに議りたまいて------」



私が妖力を奪う為の祝詞を唱えはじめると鬼はまた苦痛に満ちた声をあげた。



『くっ、もう人間には憑かない!憑かないからやっと手に入れた力を奪わないでくれ…!』



そんな事を今更言われても唱えだした祝詞は止められない。



それにあなたは先輩の生気を奪いすぎた。もしかしたら先輩以外の生気も吸っているかもしれない。それは許される事ではない。



「-----かく失いては現身の見にも心にも罪という罪はあらじと、祓いたまえ清めたまえと白す事を所聞食せと恐み恐み申す”…」



私は祝詞を唱え終え、顔をあげ鬼の目を見た。



『やめ、ろ、小娘…』



息も絶え絶えになった鬼にも次の祝詞が最後になるのがわかるのか、助けを求めてきた。


だがそれを聞き入れることはなく、私は右手に数珠を持ち、掲げながら最後の言葉をゆっくり唱えた。


心の中でごめん、と呟きながら。







「“瑞のみ霊の大神守り給え幸はえ給え”」






そして鬼が今までで1番の大きな悲鳴を轟かせたのは、最後の言葉を唱え終え、一拍くらい置いてからの事だった。


人間の生気を吸い過ぎた妖怪の妖力が抜かれる時は、酷い苦痛に襲われると聞いた事がある。吸えば吸っただけ、苦痛が襲い掛かる。

この悲鳴で、この鬼の吸い過ぎた生気を多さを表していた。


例えるなら悲鳴と金属の擦れるような、この世のモノじゃない悲鳴、




断末魔。




「うっ…!」



強い風が吹き荒れると共に、あまりの悲鳴に鼓膜が破れそうだった。とっさに耳を塞いだがそれでも限界というものがある。何せ右手は数珠を持っている。
この数珠の玉の中に鬼の妖力を閉じ込めているのだから引っ込める事は出来ない。


思わず苦痛に顔が歪む。


だが、それよりも柳君は? 彼は無事だろうか?
そう思い強風に吹き飛ばされそうになりながらも踏ん張りながら後ろを確認しようとした時、




「え…?」



ふわりと、温かいものが私の体に伝わってきた。



「木ノ下、大丈夫か…、?」



ふと声のした方を見上げると肩を抱かれ、彼に支えられるかたちで私は柳君に抱きしめられていた。しかも数珠を持つ右手には柳君の手が重ねらるようにして握られていた。


「…柳く…!」


密着した体に、いつもより近くにある柳君の顔に、こんな状況下にあるにも関わらず、かぁぁあっと顔を赤くし口をぱくぱくとさせてしまった。




が、その時。
鬼の体が一瞬光り、辺りを明るく照らしたとたん、結界はまるでガラスが弾丸に打たれ弾けとんだように粉々に砕けちり、空気に消えていった。




鬼も。




叫び声も。




気付いたら全て消えていた。







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