▼ episode1
「リズさん、私、リズさんの事が好きです」
「…」
「好き、なんです」
目の前に立つリズさんの表情は私の告白を聞いてもぴくりとも動きはしなかった。
その反応に彼から貰う返事が容易に想像出来て切なくなった。
―フラれ…ちゃうんだろうな。
私は望美達の時間の流れの濁流に巻き込まれ、たまたまこの世界に来てしまっただけの人間。望美達のように望まれてこの世界に来た訳でもなんでもない、ただの、人間で。神気だとか、そんなもの、私には全くなくて。
そんな私がこの世界で生きる道は皆に付いていく事しかなくて。源氏と平家が対立するこの鎌倉時代でそれ以外に道はなかった。だから必死になって皆の背中を追った。少しでも役に立つように譲君の食事作りを手伝ったり、影時さんと洗濯物を干したり、朔と屋敷の掃除したり、弁慶さんに薬草の種類や使い方などを教わったり。とにかく私は皆に見捨てられないよう必死だった。必死、だったのだ。
そんな私に優しく接してくれる源氏の皆。ただ唯一苦手だったのはリズさんだった。何をされた訳でもない。ただ感情をほとんど表に出さない寡黙な彼が苦手だった。何を考えてるのかわからなくて、勝手に苦手意識を持っていた。
そんなある日。闘いの中で一度だけリズさんが私を怨霊から助けてくれた事があった。
不意にかばうように抱きとめられた逞しい腕。
「大丈夫か?」と私を気遣って聞いてくれた低くて優しい声色に胸が疼いた。
単純かもしれないけど、それがきっかけでリズさんの事がすごく気になりだして、それが恋心だと気づくのに大して時間はかからなかった。気付けば私はリズさんの事が末期なくらいに大好きになっていた。
だから、知ってた。
リズさんはずっと、望美の事だけを見てるってこと。
リズさんにとって望美が特別な事くらい、リズさんの望美を見るその目を見れば一目瞭然だった。
だって、これでもかってくらいに愛しそうに見つめるんだもの。
そんなリズさんを見る度に切なくて、辛くて、勝手に傷付いてた。
何度も諦めようと思った。
でもリズさんの顔を見る度に無理だと思った。簡単になんか諦めきれないって。
どうしてもね、私、リズさんが好きだった。
だから告白を、したの。この源平合戦が終わりに近づいてる今に。戦いの最中に不謹慎な、と思われても仕方ない。けれど、こんな時だからこそ自分の気持ちをしっかりと伝えておきたかった。何があるか分からないこんな時代だから。
――だからこその、決断だったの。
リズさんは、私を真っ直ぐに見つめて相変わらず黙ったまま。
その沈黙に折れそうになる心を必死に奮い立たせた。
「…リズさんが、好きなんです」
お願いだから、何か言ってください…!
「リズ、さ…」
「……私は、鬼だ」
やっと聞けたリズさんの声に私は頭を上げてから、こてりと首を傾げた。
「…? それが、どうかしたんですか?」
鬼だから、どうしたの?
きょとんと背の高いリズさんを見上げると、彼は少し驚いたように一瞬だけ目を見開いて…また直ぐにいつもの読めない表情に戻った。
「お前の気持ちは嬉しいと思う。だが…それに応えることは出来ない」
「……そう、ですか…」
わかってはいたけど、やっぱり面と向かって言われると、キツイ。
思わず乾いた笑いがもれる。
「…じゃあ最後に聞かせて下さい」
「…何だ」
「…リズさんは、望美が好きなんですか…?」
「……」
「…リズさん」
「…神子の事は、特別に想っている」
「そう、ですか…」
そうなんだと、思っていました。
思った通りの返事と答えに私は目を伏せた。
「…こんな時に話を聞いて頂いて、ありがとうございました」
「……」
「…でも、簡単にリズさんへの想いを消すことは出来ませんので、すいませんがまだ暫くの間だけ好きでいさせてください。時間はかかるかもしれませんが、頑張りますので」
―貴方へのこの想いを、恋心を、消し去る事を、
頑張りますから。
私は何も答えてくれないリズさんに深く頭を下げてから踵を返して館の中に戻った。
自分にあてがわれた部屋。灯りの付いていない真っ暗な部屋に入り、戸を閉めるとずるずるとその場に力無く座り込んだ。
「フラれちゃったかぁ…」
ははっと笑う。
さっきまでは自分でもびっくりするくらい落ち着いてたのに。泣かないと、大丈夫だと、思ったのに。
先ほどから自分の頬を伝う生暖かいモノが涙なのだとようやく気付き、急に悲しくなった。自分が惨めで、仕方なかった。
「う…っ」
好きだったの、大好きだったの。
夜空に輝く月のように静かで綺麗な貴方が、大好きだったの。
本当に、大好きだったの。
でも貴方がいつも見つめているのは私じゃない。
神気をまとい、強くて美しい、大輪の花のようなあの子で。
道端の隅にいるような名のない雑草の私は、貴方の視界の片隅にすら入れてはもらえないのですね。
「…うう…っ」
そんな私自身が惨めで惨めで、しかたなくて。
もう帰りたいと、思った。
私のいた、本当の世界に。
貴方の目の前から、さっさと消えてしまいたいと、そう思ったのです。
(こうして、私の一世一代の告白は見事塵と化したのでありました。)