ダブルジョーカー | ナノ

『あらあら、恵美ちゃんは"視える"子なんだねぇ。だったら、もしも困った時はとりあえず"コレ"を使っておきなさい。そうすれば大体のモンは逃げちゃうからね』




紫原君の腕に纏わりつく女性の霊を見て固まってしまった私は咄嗟に近所に住む元イタコのおばあちゃんの言葉を思いだし我に返った。
急いでカバンの中からハンカチと水の入った瓶を取り出し瓶のキャップを震える手で開けた。

『おい、五十嵐? どうしたんだ…って! うっわ! 俺の近くでそれ開けんな馬鹿!』

「す、すみません! でも今はこれしかないんです…!」

鼻を押さえながら私から距離を取った武藤さんをしり目に私はその瓶の中に入っている水をハンカチにたっぷり含ませた。

そして体育館の床に面した小窓に顔を近づけ館内を覗き込んだ。
するとコートの端をこちらに向かい歩いてくるバスケ部員を見つけた。しかもその顔には見覚えがある。

あれは……!!!!

彼は私の存在には全く気付いていなかったが、私は自分の前まで来た彼の足首を藁にも縋る思いで掴んだ。

「すいません!」

「ギャブッ!!」

ビタン!!
彼はカエルが潰れたような声と共に見事顔面から床にダイブした。

「いって…!誰だ急に!!…って! お前霊感少女の五十嵐じゃねーか! なにやってんだよこんな所からストーカーみたいに覗いたりして…!!」

「急に、すみません…! アナタ、同じクラスの綾小路君ですよね?! よかった、バスケ部だったんですね…!」

「小日向君ですけど?綾小路ってだれ? きみまろ?

「実は綾小路君に頼みがあるんです…っ!」

「だから小日向君ですけど! あれ?人の話聞いてる?!」

「綾小路君、紫原君とお友達、ですか…?」

もういいよ綾小路で。まぁ紫原とは1年の中ではまぁまぁ喋る方だと思うけど?」

「よかった…、あの、実はこれを紫原君の右腕に当てて欲しいんです。えっと…、二の腕辺りを冷やす感じで、こう…暫く押えておいて欲しいんです…」

出来ますか?と私は綾小路君に水を湿らせたウサギ柄のハンカチを彼に渡した。

「もうそろそろチーム戦終わるからそれは出来るけど…右腕って今紫原が不調を訴えてるところだよな…。 え、何? 霊感少女が出てくるって事は"そういう"感じなわけ?」

「え…っ」

"そういう"…とはやはり霊的な、という事ですよね…、これは言ってもいいのもなのでしょうか…?
迷った私は背後に距離をとって佇む武藤さんを振り返ってみた。
すると『余計な事は言わんでいい』と鼻を押さえながら武藤さんが言った。

「あ、えっと、あの…、さっき試合の途中、痛がっていたように見えたので…一応…」

「あ…、そうなんだ」

自分の思っていた答えと違っていたからか、いまいちはっきりしない反応をした綾小路君は「わかった、もう終わるからとりあえず紫原に渡して右腕に当てるよう言っとくわ」と笑って立ち去った。ほ、よかった。どうやら渡してもらえるようです。
だが少し行ってから振り返ってもう一度こちらを見た。

「てゆーかちょっと臭いんだけど…コレ何?」

「あ…ッそれは、えーっと…、薬、的な……?」

「ふーん」

ま、いっか、と綾小路君は再びこちらに背を向け、ついに立ち去った。

そして、それとほぼ同時に試合終了のホイッスルが体育館に響き渡った。

「アレで、本当に大丈夫、でしょうか…?」

『大丈夫だろ、あんだけ濃い原液の"聖水"なんだ。一発であの女の霊も逃げてくさ。現に俺だってキツくてしょうがねぇ』

武藤さんは聖水の匂いで鼻がやられてしまったのかダルそうに私の隣にしゃがみ込み体育館内に目をやった。

そう、ハンカチに染み込ませたのは"聖水"と呼ばれるモノ。
近所に住む元イタコのおばあちゃんから貰ったモノであります。
何故、元イタコのおばあちゃんが聖水を持っているかはまた今度。

それよりも今は、


どうか紫原君の右腕にいる霊にも効きますように…。


私は手を合わせ祈るように見守った。


体育館内では休憩なのか端の方でバスケ部員がまとまって水分補給をしていた。
紫原君は先輩方と休憩しているようだった。ちなみに今もまだ女性の霊は紫原君の傍にいる。綾小路君がゆっくり紫原君に近付き、話しかけた。
そして、綾小路君が紫原君にハンカチを差し出した。だが紫原君は怪訝そうな顔でそれを見て、綾小路君を見た。周りの先輩も混じりながら2人は何かを話してから、綾小路君は小窓から怪しく覗く私達の方を指差した。
思わずビクリとしたが紫原君がこちらを見て目があったのでジェスチャーで伝えてみることにした。

「(右腕に、女の人の霊がいるから、ハンカチを当てて)」

私は自分の右腕を指さしてから、女の人の霊を伝える為両手いっぱいに空に円を描き、最後に右腕にバシバシと叩く仕草をした。

ふぅ…!きっとこれで伝わったはず……!!

『ねぇねぇ、お前何一人達成感に満ち足りた顔してんの? よく見てみろよ。紫原を始め綾小路君も周りの数人の先輩方も全員ポカーンとしてんだろうが。"何アイツ、超怖いんだけど"って顔してんだろうが

「そ、そんな事ありませんよ…! きっと私の熱きジャスチャーで伝わったはずです…!」

『お前ホント無駄にポジティブだよね! そんなジャスチャーで伝わったら紫原天才だよ!』

そうしているうちに綾小路君に何かを言われてから紫原君は覚悟を決めたようにゆっくり右腕に聖水を染み込ませたハンカチを当てた。


紫原君は、いや、紫原君達周りの人は何も変化がないように見えているだろう。
けれど私と武藤さんにははっきり見えていた。

ハンカチを当てた瞬間、女の霊が大きな悲鳴を上げ消えていったのを。



その悲痛な叫びに胸が痛んだ。手が、震えた。
でも腕から痛みとダルさがなくなったのか右腕を軽快に回す紫原君にほっとしたのも事実。

私は、それを見届けてからそっとその場から離れ帰路に着いた。




『で、これからどうする? あの霊は一時的に逃げただけだぜ。また紫原の腕に纏わりつくハズだ』

「でも、私…こんな事初めてでどうしていいか…。とにかくトラおばあちゃんのところに、寄って帰ります」

『了解』





にじむ夜に魔法をかけて




『でもなぁ! 俺あのばぁさん苦手なんだよなぁ!』

「ふふ、いつもコキ使われちゃいますもんね」


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -