【問題】
○紫原君の右腕に赤黒い靄(もや)が少しの間だが見えた。本人曰く腕がすごく怠いようです。日常、部活共に支障あり。
→恐らく幽霊に取り憑かれているかと思われる。でも今のところ靄が見えるだけなので断言は出来ない。詳細は不明。調査が必要。
【疑問】
○何故か私と手を繋ぐと、紫原君は普段見えないはずの幽霊がハッキリ見えるようになる。
→何故…? 私と波長が合うから? この事に関しては武藤さんでもお手上げ。私自身も理由が全くわかりません。
コトン、と持っていたボールペンを机に置いた。
「うーん…」
『うーん…』
誰もいない放課後の教室で今日起こった事を簡単にまとめたルーズリーフをじっと見つめ2人で唸った。
『書き出してはみたもののやっぱわかんねぇな』
「そう、ですね…」
『とりあえず紫原の部活でも見に行くか。何かわかるかもしんねぇし』
「はい」
私はルーズリーフとペンケースを鞄の中に入れ、教室を後にした。
誰にも見えない幽霊である武藤さんと一緒に。
「うわぁ…!私初めて運動部を見学します…!」
『そうだな、俺もこんなストーカーみたいな見学の仕方は初めてだよ』
バッシュが体育館の床に擦れキュッキュと高い音を鳴らす。
私と武藤さんは外で2人しゃがみ込み、体育館床に面した小窓から体育館内を覗いていた。窓を半分ほど開けた鉄格子の間からでもバスケ部の練習風景はよく見えた。
中でちゃんと見てもよかったが、さすがにキャーキャー元気に騒いでる女子生徒に混じるのは気が引けてしまいましたので。
『だからってこんなところから覗かなくてもよくね?』
「ですが私はああいうオープンなところよりは、こういう隅っこで目立たないようにしてる方が、性に合いますので…」
『まぁね、まぁ、お前はそうなんだろうけどね。だけど目立たないようにしようとして逆に目立っちゃう事がお前には多々あるって事をもうそろそろ気付いて欲しいんだけどね。さっき泣き黒子のある美少年がお前に気付いてビックリしてたからね』
「あ、武藤さん!紫原君です!」
『俺の話聞けよ』
チーム内で分かれての練習試合、だろうか。
紫原君は赤のゼッケンを付けてプレーをしていました。
全体的に皆さん身長が高いですが紫原君は飛び抜けて大きくて、思わず目を奪われてしまうような、そんな感覚がした。
「うわぁ…!」
生まれて初めて目の当たりにする高校の男子バスケットのチーム対抗試合には圧巻されるばかりで、「すごいですねっすごいですね…!」と静かにひっそりと興奮してしまった。
でも私達の目的はバスケ部を見学する為でも試合を見る為でも何でもありません。
そう、私達の目的は紫原君の右腕に見えた靄の正体を調べる事なのです!
この素晴らしい練習風景の見学は一旦置いておき、私は紫原君の右腕に集中した。
けれど、
「紫原君の腕、特に問題なさそう…ですね…」
『だな。紫原自身も全然普通にプレーしてるし、怠そうでもねぇし…』
「靄、消えたんでしょうか…」
『あー…微妙なところだな。昼間見た時には確かに微かでも靄があった訳だし…アレは、とり憑いた霊の残像に似てた…、気がしなくてもねぇ…』
「残、像…」
『あぁ。だから今は見えなくてもまたアイツの腕に現れる可能性がまだあるって事だ』
武藤さんはプレーで走り回る紫原君をしっかり目で捉えながらそう言った。
「…………」
そんな武藤さんの横顔を見て私は思わずくすりと笑った。
『……何笑ってんだよ。こえーな…』
「いえ…、ただ武藤さんて、優しいんだなって…思って」
『はぁ?』
武藤さんは眉間にしわをよせ私を見た。
「だって、最初はあんなに紫原君の事、嫌な奴だとか、助けなくてもいいとかいっぱい言ってたのに…今は紫原君の事、助けようとしてるじゃないですか」
『は、なっ…バッ…!ちげぇよ!!これは助けるとかそんなんじゃ…!ただ変な形だけど紫原にオレとか、他の霊も見えるみたいだし、多少なりとも関わっちまったから、仕方なくこうしてるだけだ!勘違いすんな!』
「ふふ、そう…ですか」
『それにだ!お前ひとりじゃ心配だからな!余計な事しそうだし…、これは子守みてぇなもんなんだよっ』
武藤さんはプイッと顔をそむけた。
「……はい、ありがとう…ございます」
私は口元を緩めながらゆっくり頭をさげた。
そして頬をかすかに赤くし怒鳴る武藤さんはやっぱり優しいなと、思った。
「ふふっ」
そんな時、
「おいっアツシ!」
体育館内が一気にざわついた。
赤いゼッケンをつけたチームメイトが数名、紫原君に駆け寄った。
『なんだ、どうした?』
「わ、わかりません…」
何かあったんだろうか、私は小窓の鉄格子をガシッと掴み、よく見えるよう顔を近付けて中の様子を伺った。
どうやら紫原君がボールを取り損ねたのか何なのか、詳しくはわからなかったが何かあったらしい事は何となく見てわかった。
「おい、アツシ、どうした?大丈夫か?」
「お前デカいのにリバウンド取り損ねるとか…。とりあえず突き指とかしなくてよかったぜ」
「…………アツシ、もしかして……また右腕…?」
「あー…、うん、急に腕がダルくなったいうか、重くなった、ていうか…」
そう言って紫原君は右腕をさすっているようだった。けれどチームメイト達が紫原君の周りに立っていて肝心の右腕が見えなかったのだ。
不調を訴える今なら何か腕に見えるかもしれないのに…!
私は小窓を全開に開け、顔を動かしどうにか見える位置を探した。
が、見つからず。
「み、見えない…!」
『あぁもう!どけよバスケ部員!何で揃いも揃ってデカい奴ばっかなんだよ…!!』
この状態故、今回ばかりは私も武藤さんの意見(文句)に同意した。
「とりあえず、もう少し頑張れるか?それとも休んでるか?」
「……やる」
「そうか、あんま無理するなよ」
先輩らしき人が紫原君の肩をぽんっと叩いた。
再び試合が開始されるのかピーッと鳴り響く笛の音で紫原君の周りにいた部員達がその場からひとり、またひとりと引いていき、
「あっ武藤さん、もうちょっとで紫原君が見え……ま、す……」
そして戦慄した。
「あ…えっと……武藤さん……アレ…は…」
やっと見えた紫原君の右腕には、真っ黒な"人のようなもの"がしっかりとしがみついていたのだ。
多分、女性。
真っ黒な長い髪が揺らめいて、その目は見えなかった。
けれど血の気のない真っ白な顔色と唇に、背筋がゾクリとして私の血の気まで全て吸い取られていくような、そんな感覚がした。
『オイオイ、紫原の奴…随分すげぇのに好かれちまってるみてぇだな…』
引き攣った笑いを浮かべながら、武藤さんはぽつりとそう、呟いた。
化け物讃歌
紫原君の右腕に纏わり付いている霊の口元が一瞬、
ゆっくりと弧を描きニヤリと笑ったような、そんな気がした。