この目に写る世界は、きっとこの世のもう一つの世界で。
決して他人と共有出来ず、理解されぬ事だと
私は昔から幼いながらに理解をしていた。
この目に写るものは、
誰にもわからない。
理解の出来ない、世界。
私だけが、知る世界――――――。
「それで、靄って何なの?」
紫原くんはポリっとまいう棒をかじった。
「靄は…、靄です…。嫌な感じがする煙りみたいなもので……」
私もポリっとまいう棒をかじった。
私と紫原君は体育館裏にある体育館倉庫前のコンクリートの階段に並んで座り、まいう棒をもそもそと食べた。
まいう棒は紫原君がくれた。
「幽霊達は、常に見えるわけではありません…。紫原君の腕に巻き付いていた靄も、今はもう、見えません…」
「ふぅーん…」
紫原君は最後の一口を頬張るとまいう棒の包みをぐしゃぐしゃと丸めてそのままポケットに突っ込んだ。
「で、オレの腕に見えた…その靄? っていうのは悪いモノ、なんだよね?」
「はい、恐らくそうだと…思います…、禍々しい感じがすごくしたので…」
「ま、が…?」
紫原君は首を傾げた。
「あ…、禍々しいと言うのは、いまわしい、悪いことが起こりそうな予感をさせる。縁起が悪い、不吉である…という事…です…」
「へー…」
「その禍々しい感じの靄は、今は見えません…、だから紫原君の腕も今は軽いんじゃ、ないでしょうか…?」
「あ、言われてみればそうかも」
紫原君はスムーズに肘を回してみせた。
私はその姿に少しほっとした。
「姿は見えませんが、その靄は幽霊がいた痕跡みたいなものでもあります…。ちょっと良くない…、いや、結構よくない幽霊なので、どうぞ…お気をつけ下さい……」
私は腰を下ろしていた階段からゆっくりと立ち上がると紫原君の方へ体を向け深々とお辞儀をした。
「あ…、ご丁寧にどうも」と紫原君もぺこりと頭を下げた。
「それでは失礼します…」
私はそう言い紫原君に背を向けた。
が、
「いやいやいやいや、ちょっと待ってアンタ」
「え?」
再び呼び止められた。
どうしたんでしょう?私は振り返り首を傾げた。
「何でもう行っちゃうの。てゆーかそんなあっさり行こうとしないでよ」
「え…、もう紫原君の質問には…答えたので…。右腕に幽霊は憑いてるのかどうか…という…、ですよね…?」
「…………」
紫原君は一瞬無言になり、「……うん、そうだね…。なんか…そーゆー質問しかしなかったような気がする…」と呟くように言った。
「じゃあ、今度は違う質問、というか頼み事をしてもいい?」
「え、あ…、はい」
「オレに憑いてるユーレー、なんとか出来ない?」
「…………え?」
私は紫原君の言葉にピシリと固まった。
これは困った事になりました。
実は私、
"見える"だけの人間なのです。
「大変申し訳ない…のですが、私にはどうにもこうにも…出来ないもので…」
「え、出来ないの?お祓い的なのも?」
「はい…。すみません…私は"見える"だけで、お祓いとかそういう専門的な事はちょっと…」
しゅんとする私の隣で武藤さんが『五十嵐、紫原に諦めろってハッキリ言え』と言ってきた。
私はそこまでズバッと何か物事を言える人間ではない為、武藤さんの言葉に戸惑ってしまいました。
その様子に気付いた紫原君は「どうしたの?」と私に聞いてきた。
「あ…、その、武藤さんが…」
「武藤サンが?」
「えっと…、その…諦めろ、と…」
「…………」
一瞬紫原君の眉間がピクリと動いたような気がした。
「あー、武藤サンとか気にしなくていいし、大丈夫大丈夫」
「え?」
『は?』
今度は武藤さんがピクリと反応した。
「武藤サンねー、実は諦めろとか言っといて何とかしてやれーってホントは思ってるんだよー」
「え、そうなんですか…?!」
私は目を見開いた。
『え、そうなんですか…?!じゃねーよ!!そんな事思ってる訳ねーだろ!つーか俺の姿が見えねぇコイツに何で俺の気持ちわかるんだよ!俺の気持ち勝手に捏造してんじゃねーよ!!』
「紫原君、…なんか…、武藤さんが違うと…、喚(わめ)いております…」
『喚いてるって言うな!』
「そうやって喚きながら鬼のように五十嵐サンを突き放しつつ心の中では紫原クンを救ってやりなさいってホントは言ってるんだよー。きっと親心みたいなものだよ。わざと我が子を崖から突き落とす獅子が如く」
「はっ…!そう…だったんですか…私、武藤さんのそんな優しい心の内を…読み取れなかっただなんて……っ!すみませんでした、武藤さん…!」
『お前ら全員バカなんじゃねーの?!そんな事微塵も思ってねーよ!お望み通りお前ら二人まとめて崖から突き落としてやろーか?!』
「まぁオレ武藤サンとか見えないからどーでもいいんだけどねー。ただ言ってみただけー」
『テメェそっちが本音か!!!!』
武藤さん、ご乱心です。
「けど、本気でどうにかしてもらいたいのは…ホントだよ」
「紫原君…」
『五十嵐!お前はそーゆー事は出来ねぇんだから関わるな!』
「武藤さん、でも……」
『中途半端に手ェ出すくれぇなら関わるなって言ってんだ! ほら、もう授業始まる時間だから教室戻るぞ!』
「あっ、武藤さん…!」
私は背を向けてしまった武藤さんに焦り、武藤さんと紫原君を交互に見てから紫原君に「すみません…っ!」とお辞儀をすると武藤さんを追いかけた。
けれどもまたすぐに紫原君が私の右手を掴んで引き止めた。
「待って」
ぐんと、身体が後方に傾いた。
『んだよ、紫原しつけぇな!』
武藤さんが後頭部を片手で掻きながら呆れ顔で振り返った。
私も紫原君に振り返ると彼は何故か目を見開いて固まっていた。
ん?
「紫原、君…?」
不思議に思い声をかけるとパッと掴んでいた私の右手を離した。
そして再び私の右手をゆっくりと握った。
ん?
紫原君は先程からある一点の方向を見つめている。
私は紫原君が見つめるその方向を追ってみた。
ゆっくり視線を追った先には武藤さんが、いた。
武藤さんもある一点の方向を見て固まっていた。
「(…あれ……?)」
私は何か違和感を覚え再び紫原君に視線を戻した。
そして相変わらず見ている方向は一緒のまま紫原君は口を開いた。
「ねぇ…五十嵐、サン。武藤サンって…黒っていうか、焦げ茶色みたいな髪の毛の色してて…、この学校の制服着てたり、する?」
「は、はい…! そう、です」
え、でも何で紫原君がそれをわかるんです?と聞こうとしたら
『五十嵐ー、』
「えっ、あ、はい…!」
今度は武藤さんに呼ばれ、そちらに顔を向ける。
武藤さんも相変わらず先ほどと一緒の方向を見つめ、言った。
『俺、死んでから初めてお前以外の生きてる人間と目が合ったわ…』
よく見ると紫原君と武藤さんが信じられない、という感じに無言で見つめ合っていた。
「あれ…?紫原君…もしかして幽霊、見えちゃってます…?」
Welcome to my world!
5限目の授業の開始を知らせるチャイムが私達3人の頭上で静かに鳴り響きました。
(それはすべての始まりを告げる鐘の音でもあった事に私たちはまだ気付いていなかった)
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そろそろ先輩方を出したい。