Episode1 | ナノ




「"魂現"?」

「そう。魂現っていうのはね」






こん・げん【魂現】
@それぞれの斑類の特徴を持った動物の魂が、肉体より外側にあらわれるさま。
A魂そのものを指す場合もあるが、正しくは→【魂元】
B睡眠中など意識のない状況や、極度の興奮状態であらわれやすい。







「…っていうのが魂現だよ」

「おぉう、なるほど…」









弾丸とキスマーク








ふむふむ。

私は赤也君からその辺に落ちていた紙と鉛筆を貰いメモした。

「でもさ、言葉や文字にしたって【魂現】なんて実際わかんないでしょ?」

「う、うん…まぁ…ちょっとわかんないかも」

「だからその魂現ってのを美村さんの場合1回自分の目できちんと見ておいた方がいいと思うんだ」

キラン、と幸村君の目が輝くと同時にどこからともなく猫じゃらしが登場し、幸村君はその猫じゃらしを私に見せつけるよう振り回した。

「っ!!」

途端に私の身体は私の意志とは別にピクリと反応を示した。
そして今まで感じた事のないような猫じゃらしに対しての執着を感じ、何故かそれを追いかけ、仕留めなければ、という気持ちにまでなっている。
幸村君が持つ猫じゃらしが楽しそうに左右に揺れ動くたび目で追ってしまう。

な、なんだこれは…っ!!一体どうしたっていうの私は…!!

猫じゃらしから一瞬たりとも目が離せない!

ピュンピュンッ、と幸村君によって華麗に猫じゃらしが動くたび全身で反応してしまう。

「(そっ、その猫じゃらしに飛びつきたい…っ!)」

そう思った瞬間、ビュンっと勢いよく幸村君が猫じゃらしを部室の隅の方に投げ飛ばした。

「にゃん!!」

これまた自分の意志とは裏腹に出た声と共に私は高く飛ばされた猫じゃらしへと思いきりジャンプし両手で飛びついた。

飛びついたのはいいが着地地点が悪かった。古くなったラケットやら使われなくなった備品やらで埋め尽くされた場所だったのだ。けど気付いた時にはもう後の祭り。

ドンガラガッシャーン!!

除ける暇なくまっすぐそこに突っ込んだ私は痛さやら何やらでキューっと目を回し動けなくなってしまっていた。

それを見ていた幸村君はすかさず指示を出す。

「赤也、捕まえて蓮二に渡して」
「はいっス!」
「ブン太、写真撮って」
「任せろ!」

伸びて動けない私はされるがまま。
身体に浮遊感を感じ、パシャっというシャッター音が聞こえた。

その音でハッと正気に戻ると私は柳君に背を向ける形で両脇を抱えられ彼の膝の上に座っていて、まるで猫か何かを持ち上げるよう触れられていた。

「うええええ?!ややや柳君…!な、何これは?!」

何故か急に柳君に膝の上に座っているという状況に恥ずかしくなり慌ててそこから退くと柳君から距離を取るようソファーの一番端に逃げた。

「さっすが俺!いい感じに撮れたぜぃ。ほら、これがお前の魂現だ」

自慢げにスマホを見せつける丸井君。不審に思いながらも私はそれを手に取り画面を見た。するとそこに写っていたのは柳君に抱えられた……

「え…何この真っ黒で毛むくじゃらのぶっさいくな猫」

「お前だよ。その黒くて毛むくじゃらのぶっさいくな猫がお前の真の姿だよ」

「えっ?!?!」

私は丸井君の言葉を聞いて再度画面に映る猫を凝視した。そしてダラダラと冷や汗を流す。

え、嘘でしょ?この黒猫が私?え、え?









「ええええええ!!??」


私は叫び、のけ反った。
その間に私の手から丸井君のスマホを取った柳君が画面に映る猫(私)を見て「ほう」と声をもらした。ひょいっとその画面を柳君の背後から覗きこむ赤也君が「これは軽種…ですかね?」と首を傾げ「恐らくね」と幸村君が笑って答えた。

「理性より本能が上回ったりするとそれが肉体の外側へ出てきてしまう。精神と肉体が入れ換わった状態を【魂現】という。まさにその写真に写ってる美村さんの姿がそうだ」

幸村君は柳君の持っていたスマホを取って私の魂現であるぶさ…いや、可愛い黒猫が写っている写真を見た。もう回し見状態である。

「ちなみに俺達斑類にとってこれを人前で晒すことは裸で歩き回る事と同じ行為なんだ。だからコレはヌード写真みたいなモノかな。アハハ」

「いやあああああ!!!!何でもっと早く言ってくれないのおおお!!!!」

アハハじゃないよ幸村君!!
私は素早く幸村君からスマホを取り上げると自分の腕へ隠し持った。

「つーかそれ俺の携帯なんだけど」

丸井君の言葉は聞かなかった事にした。

幸村君は暫く笑ってから再び話を続けた。

「魂現になっていない状態でも斑類の俺達は匂いや何かで相手を探ることが出来る。相手の強さ、繁殖力の高さ、その他にも色々。でもそれは相手の大事な部分を覗き見る失礼な行為なので気を付ける事。……という訳で普通は皆自分の詳しい魂現は外ヅラかなんかで隠しているモノなんだけど…、それを踏まえた上で今までの美村さんがどういう状態かとハッキリいうと……」

「?」

ふー、と息を吐いて幸村君は私を見つめた。

"私は先祖返りの貴重種なので皆さんどうぞ遠慮なく犯しちゃって下さい☆てへぺろ☆"って言いながら裸で街を練り歩いているようなモノかな」

にっこり。

「は……」

その笑顔を見て私はピシリと石の如く固まった。

「え…は…何それ。え?嘘でしょ?」

顔を引きつらせながら お願いだから否定して、という目で確認をする。

だが。

「残念ながらホントかな」

首を横にこてんと倒し再びにっこりと可愛くほほ笑む幸村君。
この人は駄目だ、と思い丸井君と切原君に目を向けたらサッとそらされた。

「!」

それが先程の言葉に嘘がない真実だと告げるようで。

私は自分の顔にみるみる熱が孕んでいくのを感じた。そして、










「うわああん!!だからさぁ!なんでさぁ!みんなさぁ!それならそうともっと早く言ってくれないのぉ?!その話がホントのホントなら私ただの馬鹿じゃん!ただの変態痴女じゃんかあああああ!!!!」


今日何度目だろうか。バシッと勢いよく両手で顔を覆いソファーの隅で身体を丸め小さくなった。私もう恥ずかしさで生きていけない!!


「だ、大丈夫っスよ先輩!昨日までは魂現丸出しの子いるな、みたいに思ってたっスけど今は大丈夫ッスもん!ね、ブン太先輩!」

「お、おぉ!そうそう!昨日まで垂れ流しだったフェロモンも今日は柳のと混じっててほとんど何も感じねぇし!」

丸井君と赤也君が焦ったようにフォローしてくれる。

「ほ、ほんと…?」

「そう言ってんじゃん!気にすることねぇって!」

「それに急に俺達(斑類)の仲間入りしたんなら力の制御もコントロールも出来ないのは当たり前なんスから仕方ないっス!」

「でも今は良くても昨日までの私はただの変態痴女だった事には変わりないんでしょ…?」

「…えっと……、」

「…あー………、」

「フォローしてくれんなら気まずそうに目ェそらさないで最後までちゃんとフォローしてよおおお!!」

うわあああんっと女とは思えない声を出し私は真っ赤な顔を両手で覆った。

「ふふ、美村さんって面白いね。でもまぁ過去は忘れて次の話でもしようか」

「全然面白くないけどね!でも幸村君のそういうアッサリしたところすごいと思う!」

恥ずかしい事から目をそらし、私は顔から手を放してソファーにきちんと座り直した。猫じゃらしの流れでパイプ椅子からいつの間にかソファーに座っちゃってるけどもう気にしないことにした。ちなみに柳君と私はソファーの端と端に座っていて、その間には1人半くらいの距離がある。

「それで話戻すけど、今の美村さんは昨日までと違ってフェロモンが垂れ流しでもないし、魂現も完全に消えてるって訳じゃないけどぼやけてる状態だ」

「これは…いい状態なの…?」

「まぁまぁいいよ。昨日よりも全然良いし、何より他の斑目達の目も誤魔化せているからね。でも今日になって突然誤魔化せただろ?それは何でだと思う?」

問題、と言って幸村君が人差し指を立てて微笑んだ。

「幸村君がくれたお守りのおかげ?」

私は首を傾げる。

「残念、不正解。でも半分当たり。確かにあれの効果も多少はあっただろうけど、あれはほんの一時的なものだし魂現までは誤魔化せない。俺の匂いで男除けをしてただけ」

「お、男除け…ですか…」

なんか…すごい話になってきたぞ…。

「今、美村さんの先祖帰りの強いフェロモンも魂現も誤魔化せている1番の原因は蓮二のおかげだよ」

「柳…君…?」

私はきょとんとして隣に離れて座る柳君を見て首を傾げた。

「そ。美村さん、さっき会議室で蓮二とキスしたでしょ?全部はそれのおかげな訳」

「何で知ってんのおおおおお?!」

見てた?!見てたの?!

ナチュラルに話す幸村君に恐怖を覚えた。私は今日この数時間だけで何回赤くなったり青くなったりすればいいんだろう。てか何で柳君とのキスを知ってるのさマジで…っ!!

「蓮二とキスした事で美村さんの匂いと魂現が蓮二の匂いで紛れたんだよ。これを"ジャミング"(妨害)って言うんだけどね。ジャミングをした事によって、周りは美村さんが蓮二の支配下に入ったと思って滅多な事じゃもう手出しはしてこない。蓮二は重種だからね。中間種や軽種の奴らは自分より強いものをあまり敵にしようとは思わないんだよ」

「え、いや、ちょ、待って待って!その前に支配下って何?」

「ああ、ごめんね。支配下ってのは美村さんが蓮二の"雌"になったって事だよ。簡単に言うと美村さんが蓮二のモノになったって事かな」

相変わらず笑顔でナチュラルに色々言ってるけどこの人大分スゴイ事言ってるよね?私今開いた口が塞がらない状態だけどこの反応間違ってないよね?!私おかしくないよね?!

「でもあれだね…やっぱり先祖返りの強い匂いは完全には消せないみたいだね。普通なら消えてても良いものだけど…」

うーん、と幸村君は手で顎をさすった。

「ま、何がどうあれ手っ取り早く完璧なジャミングをするにはヤっちゃうのが1番いいんだろうけど…」

「? やっちゃうって、何を?」

「何をって…」

私はきょとんとしながら首を傾げた。それを見て幸村君も私の真似をして首を傾げにっこり笑って、そして言った。


「それは勿論セックスだよ。これに勝るジャミングは他にないからね」


「…………」



美村 千秋、17歳 高校3年生

さすがにもう…、ぶっ倒れそうです……。






マスカレイドは瓦解する




(精市、さすがにハッキリ言い過ぎだ。千秋が固まってる)

(ふふ、いいねぇこの初々しい反応)






2013.07.31 satsuki
加筆修正 2013.11.20