Episode1 | ナノ



「ひぃぃいいいいい…!!!!」

「怖がらなくていいんだよ、美村さん…優しくするからね…ハァハァ」

怖い怖い怖い!怖いってのよ!!
私は今、サッカー部の部長でちょっとイケメンでちょっと有名な同級生の児島君に体育館裏で迫られていた。ちなみに彼は私の彼氏でもなんでもない。今初めて話したばかりなのに鼻息荒く口からヨダレを垂らし壁際に追い詰められ制服を脱がされそうになっている。やばい、私マジで犯される。

「ハァハァ…美村さん、たまに俺の事見てただろ…?ハァハァ…知ってんだ。いいよ…俺と一つになろう…?」

確かにね、確かにカッコイイなとは思って時たま目についたときに見てたりしたけど、それは恋愛感情じゃないし、ただの目の保養としてだ。しかも私が見てた児島君はれっきとした人間でありちゃんとした「ヒト」の姿をなした男子であって、決してお前のような「イヌ」ではない…!!!!

「誰がお前となんか一つになるかバカタレがァァァァアア!!!!」

イヌの顔にストレートパンチをかまし私は一目散でその場から逃げだした。


あぁ、神様仏様!
私の目を一体どう細工いたしましたか。私は何かアナタ様の気に障ることをいたしましたでしょうか。

もう嫌だ!!
ほんの数日前から私の目には何故か周りの人間全てが「動物」に見えるのでございます…!!!!
コレは一体どういうこっちゃ!!








弾丸とキスマーク






私はイヌ野郎から必死に逃げ放課後の屋上に身を潜めた。
キョロキョロと辺りに人がいないか確認し、誰もいないとわかると「はぁ〜…っ」と長く重い息を吐き出し身を隠すように給水タンクの影に背を預けた。

美村 千秋、17歳。高校3年生。自慢ではないがこの17年間私は異性からモテたことがない。付き合った事もない。断言する。私は告白もしたことがないし、された事なんてもっての外である。逆に告白されたい、モテたいと思ったことは山ほどある。

そして、何故か数日前くらいから突如私にモテ期が来た。男子から熱い眼差しで見られ、ラブレターも貰い、告白もされた。神様ありがとう!と感謝すらした。だが神よ。これはいささかやり過ぎではなかろうか。
熱い眼差しは嬉しい。だが何故目が合っただけで顔を赤くし、そうかと思えば前屈みになり男の急所を押えトイレへ駆け込む?
ラブレター。勿論嬉しい。だが何故まともに「好きです」と書けない。何故交際を通り越し「結婚」だの「君を抱きたい」だの「君に俺の子供を孕んでほしい」など破廉恥極まりないことを書く?
告白。学生の初々しい青春の1コマだ。素晴らしいじゃないか。だが何故好きだと言いながら鼻息荒く押し倒す事がある?
これらの事が数日前から繰り返し行われている。
おかしい。おかしすぎる。

漫画や小説のようなモテモテライフは幾度となく夢見た事は認めよう。
だがこれはいささか度が過ぎる。

そして一番の問題は周りの人間全てが「動物」に見えるという事だ。

猿、猿、猿、犬、猿、猿、猫、猿、熊……みたいな。


皆、私が何を言っているかわからねぇと思っただろう。



私だってわかんないよ…!!



だって昨日まで人間だった人達が全員服を着て歩いている動物にしか見えないのだから。どういうこっちゃ。

朝起きて両親が猿だった恐怖と絶望を君たちは知らないだろう。だが私は知っている。あれはいけない。あってはいけない。

私の頭はおかしくなってしまったんだろうか。ちなみに一度思い切って両親に相談したら無言で精神外科に連れて行かれたのでそれ以来相談はしていない。

この不可思議な現象が現れたのは2日前から。その前日は至って普通だった。
至って普通じゃなかったのは……。

「やっぱり、アレ、か……?」

私はちょっとした至って普通じゃない体験を思い出した。














3日前の放課後。

「うわ!危ねぇ!アンタよけろ!!」

「ん?」

バッコーン!!

「ぎゃぶッ!!」

突如私の後頭部に衝撃が走り、勢いよく顔面から地面へダイブした。

な、何…?ボールが、あたった…?

朦朧とする意識の中誰か数人が駆け寄ってきたのがわかった。

「おい!アンタ大丈夫かよ!」
「うわぁやべぇ!お前マジで何やってんだよ!」
「だってぇ…!どうしようコイツ死ぬ?!」
「人間そう簡単に死なないよ。落ち着きな赤也」

その通りだ。簡単に死んでたまるかバカヤロウ。
だが私の意識は次第に遠のいて行った。












「……ん?何処だココ…?」

ゆっくり目を開けた私は真っ白な空間にいた。ここはどこだ。
辺りを見渡すと一人の優しそうな老婆が笑顔で猫を抱いて立っていた。綺麗な人だった。
けどその顔には見覚えがあった。
私の家の、仏壇の部屋に飾ってあった白黒の写真。そこに写っていた人だ。母方のおばあちゃんの、お母さん。多分。いや、正確な事はわからないけど、とにかくこの人は私のご先祖様だ。ということはココは天国…?私、もしかして死んだ…?

私は戸惑いながら口を開いた。

「あの……」

『大丈夫よ』

「え?」

『あなたは死んでないわ。それよりもこれからちょっと大変な事になるかもしれないけど、大丈夫だから。安心して』

どういう事だろうか。大丈夫と言われたが私は戸惑った。

『詳しい事は時間がなくて話せないけど、大丈夫よ。決して怖がらないで。貴方を助けてくれる人が必ず傍にいるから』

花がほころぶような素敵な笑顔だった。

そして老婆が私に近づき己の腕に抱いていた猫を私に抱かせた。

「え、ちょ、この猫…」

『大丈夫、大丈夫よ』


そう言うと老婆の姿は徐々に消えていった。

そして私の腕の中の猫だけがニャーと一声、鳴いたのだった。











「……とりあえず保健室に…」
「あっ!幸村部長!コイツ気が付いた!」
「美村、さん…?大丈夫…?」

かすかなざわつきが聞こえ目を開けたらもうそこは真っ白な空間ではなく、色鮮やかな世界だった。
目の前には覗き込むようにこちらを見る3人の男子生徒の姿があった。私はそれを半開きの目でボーっと見た後すくっと上半身を起こした。

「美村さん、さっき強く頭を打ったんだけど平気かい?」
「あー…大丈夫ッス…」
「いや!目が正気じゃないっす!ヤバいって!病院行った方が…!」
「いや、ホント大丈夫っす…」
「え、でも」

誰だかわからない男子の声も聴かず、私はズキズキと痛む頭、そしてボーっとする意識の中立ち上がり、ふらふらと酔っ払いのような千鳥足で帰り道を歩いて帰っていった。











はい、ここで回想終了。

あの時の可愛い男子生徒の言った通り病院へ行っていたらこんな幻覚に悩まされずにすんだのだろうか…。私は過ぎた事を思い返しため息を付いた。今思えばよく意識朦朧としていたあんな状況で歩いて帰ったものだ。
けれど、あの頭を打って次の日からだ。こんな事態になったのは。

しかもよくよく思い返してみれば私の頭にボールを当てたのはテニス部の人だ。
恐らく後輩であろう可愛い天パの彼の隣にいたのはクラスは違うが同学年の幸村君と丸井君だったと思う。強くてイケメンだらけで有名な全国区レベルのテニス部の方々だ。恐らくうちの学校で彼らを知らない人間はいないだろう。ちなみに今まで話したことは一度もない。ファンクラブとか取り巻きが怖いんだコレが。それ以前に話す事もないのだけれど。
美人でもお金持ちでも何でもない一般市民の私には縁遠い人だ。でもテニスボールを当てられたことがキッカケでこんな恐ろしい事態になっているなら一度でいいから抗議したいものである。
と言ってもそんなこと言ったら幻覚見てる薬中扱いされるのがオチなので結局言えないのだけれども。

「……はぁ」

何度目かわからないため息を付いてから空を見上げたら、さっきまで綺麗だった茜色がもう闇色に染まりつつあった。
給水タンクの影から抜け出し、かしゃん、とフェンスに手をつきグラウンドを見下ろした。運動部はまだ元気よく活動しているようだ。

ハァ…、と私はもう一度ため息をついて、また明日からの日常を思い憂鬱になった。
明日は何度危険な目にあうのだろうか、そんな事を考えていたから背後から近付いてきた気配に全く気付けなかった。


「美村さん」
「ひっ!」

突然声を掛けられ慌てて後ろを振り向くと見覚えのある顔がそこにあった。

「ゆ、幸村、くん…?」

彼、幸村君はふんわりと微笑んだ。部活を抜け出してきたのだろうか彼はジャージ姿だった。

そしてハタと気づく。

あれ…?私、幸村君が動物に見えない。今までなら全員何かしらの動物に見えてたはずなのに…。


「美村さん。頭、この前打った所大丈夫?」


幸村君の声にハッとし顔をあげた。
そして両眉を下げ心配そうに首を傾げる見目麗しい幸村君にきゅんとし、私は大丈夫、という意味を込め首をブンブンと上下に振った。イ、イケメンや幸村君!

「そう、良かった。近いうちにぶつけた張本人に謝らせるから。うちの後輩が本当にごめんね?」

「う、ううん。そんな気にしないで、私なら大丈夫だから!」

本当は全然大丈夫じゃないけども…!!けどこんな事言ったら変人扱いされるもん…!学校イチのイケメンに勘違いされるなんて、そんなの嫌だった。私も乙女なんだ。

そう思ったけど、



「本当に?」


「え?」


「本当に、大丈夫…?」



幸村君の真剣な目にドキリとした。

え、何…?どういう、事…?

戸惑いながら幸村君を見ていたら彼は表情を和らげ、またふふっと笑った。

「まぁ、そう言うのならそういう事にしておくね」
「あの、幸村君…?」
「とりあえず…はい、コレ」

渡しておくね、と言われ幸村君から手渡されたものは青い布で出来た小さなお守りのようなモノだった。

「え、コレは…?」

突然手渡されモノに私の頭の上にはクエスチョンマークが乱舞した。
そんな私の様子に幸村君はにっこりと笑って言った。

「魔除け的な、ね。とりあえず明日までの繋ぎって事で、肌身離さず持ってて?」
「つなぎ?」
「そ、明日になればきっと蓮二がどうにかするだろうから」
「蓮二って…、柳君?」
「そ」

最後は言葉短に。更に笑みを深める幸村君とは反対に私にはクエスチョンマークだけが増えていった。
何だって、いうのだろうか。柳君とは1年生の時に委員会が一緒になり、それがキッカケでたまに会えば挨拶して一言二言言葉を交わす仲だ。けど、それだけ。ただそれだけだ。特別仲が良い訳でもない。
そんな彼の名前が何故出てくるのだろうか。私は首を傾げた。

「まぁ、そういう事だから。じゃあ、また明日ね美村さん」


――気を付けてね、



そう最後に付け加え、幸村君は屋上から去って行った。


それをただボケーっと見届け、そこに取り残された私の頭の上には相変わらず大量のクエスチョンマークが飛び交っていたのだった。






始まりの鐘が鳴り響く今日に



(というか、何で幸村君は私の名前を知ってるんだ?柳君から聞いた?それより魔除け的なお守りって?つか柳君は何をどうしてくれるんだ?)

クエスチョンマークは私の頭から暫くの間消えることはなく、手の平の上のこの小さな青いお守りだけがその真実を知っているように思えた。











――――――……











「あ、もしもし蓮二?はは!何、機嫌悪いの?ふふ、"蛟(みずち)"は大変だねぇ。 まぁそんな事よりこの3日間学校を休んでる蓮二に面白い話を教えてあげるよ」









「お前のお気に入りの美村さんねぇ、猿なんかじゃない。俺たちと同じ斑類だったよ。




しかも、『先祖返り』





彼女は力のコントロールがまだ出来ない。だからさ、早くしないと――…」










誰かにわれちゃうよ?









屋上の、扉一枚向こうで繰り広げられていた会話など、誰も知る由もない。









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人生初のパロものでございます。


2013.07.20 satsuki
修正2013.11.20