多分私、浮かれてる。 弾丸とキスマーク 「ほんと、浮かれてるんじゃない?何その緩みきった顔」 現在、周辺から黄色い悲鳴と共にざわめきが起こっている。そして、その原因である人物、幸村精市が頬杖をつきながらジト目で私を見ていた。 「う、浮かれてなんかないって」 「まぁ、そういう事にしといてあげてもいいけど?でも顔は緩んでるよ」 「!?」 幸村君に言われてバシッと両手で頬を押さえた。 そんなに私の顔は緩んでいるのか…?確かに柳君に告白されて、まだ返事はしていないから付き合っている訳ではないけど、柳君とは両想いなんだっていう事実にふわっふわした気分でいたかもしれない…。 でもまさか幸村君に指摘されるなんて…! 私はごほんと咳払いをし気を取り直した。 「そ、それよりいきなりどうしたの?幸村君がわざわざ私の教室に来るなんて…まだ1時間目終わったばっかだよ?」 そうなのだ。何故コイツが私の前にいるのかと言うと。 1時間目が終わった途端廊下から黄色い悲鳴が聞こえた。次にうちの教室内が大いに騒ぎ出した。特に女子。なんだなんだと思い机から英語の教科書を探す手を止め顔を上げたら目の前に幸村精市がにっこりとほほ笑みながら私を見おろしていたのだ。おまけに幸村君は「ここいい?いいよね、ありがとう」と言って私の前の席の子の椅子に座り私の方に横向きに身体を向けると頬杖をついてチャイムが鳴るまで居座る体制に入りやがったのだ。なんでだ幸村。あー、周りからの視線が痛い。特に女子。 「…ふーん、朝練の時蓮二の様子がおかしかったから来てみれば案の定美村さんもか。なるほどね」 「え、柳君様子おかしかったの?体調悪い、とか?」 心配になって尋ねると幸村君はまさか、と笑った。 「むしろ調子はいいくらいだよ。妙にすっきりした顔してるし。もしかしたら、心の中にしまい込んでてずっと言えなかった事をついに言ったのかなーって俺なりに推測してみただけ」 「ん?」 「ま、おおよそ合ってるかな?」 幸村君は私のくたびれた布のペンケースから「借りるよ」と言って青いペンを取り出すと自分の胸ポケットから生徒手帳を取り出し白いページを開くとさらさらと何かを書き始めた。 書き終わるとずいっと私の前に生徒手帳を差し出した。不思議に思いながらもその中身を見た私は暫し固まった後、ぶわっと顔を赤くした。 『蓮二に告白でもされた?』 生徒手帳にははっきりそう書いてあった。 「な、なななな、何で、幸村君がそれを…っ?!」 幸村君は私の反応を見て満足したのか生徒手帳をもと合った自分の胸ポケットへと戻した。 「別に蓮二から直接聞いた訳じゃないよ。あいつ自分の事あんまり話さないし。ぜーんぶ俺の推測」 「そう、なんだ…」 ずいぶん心臓に悪い推測能力だよ幸村君!鋭いなこの野郎! 「でも返事はまだしてないみたいだね」 「う、うん…」 私は恥ずかしさから顔を赤くし幸村君から視線をそらした。 「よく考えて、真剣に応えてやってよ。ね」 幸村君はにこりと笑った。その笑顔に、彼はなんでもお見通しなんだな、と思ったと同時に、すべてを見透かされてるようで、でもどこか見守られているような、そんな優しさを幸村君から確かに感じた。 「…というか、幸村君それを聞きにきただけ?他に何かあったんじや…」 「ああ、そうだった。美村さん、テニス部のマネージャーする気ない?これ本題ね」 「は…」 突然のその誘いに一瞬何を言っているのか理解できず、思わず目を見開いて目の前の男を凝視した。 「マ、マネージャー?マネージャーって、あのマネージャー?」 「多分そのマネージャー」 「いやいやいや!急に何を言っているの幸村君!ってか私3年!いきなり部活って言われても…!」 「うん。だから臨時」 「臨時?」 「本当はね、正式なマネージャーはちゃんといるんだよ。2年生の子がね。でも今ロンドンの方に留学しちゃってて残念ながら今いないんだよねー」 「留学?!す、すげ…!」 「そうなんだよ、美村さんと違って優秀な子なんだよ」 「てめっ」 「で、もう6月半ばだ。インターハイももう来月末くらいには始まるし、極力練習に集中したい。だから君には選手の手助けと言う名のパシリ…いや、雑用をして欲しいんだ」 「パシリから雑用に言い換えた意味がわからないんだけど!どっちも酷いから!何か頼み事をするときに選ぶ言葉じゃないよねソレ?!」 いや、ハッキリしすぎていっそ清々しいけどもさ! 「あ、あと美村さん1人じゃ大変かと思って大川…、ジャッカルの彼女にも声をかけたけどアイツは気まぐれだから、あてにしない方が賢明かもね」 「(ジャッカル君の彼女、大川さんて言うのか…) あ、いや、でも私なんかがいきなりマネージャーなんかしていいの?部員の意見とか…」 「今日の朝練の時にみんなで話し合って、美村さんならみんないいっていう結論になったよ。勿論、俺自身もよく知ってる美村さんなら大歓迎だ。俺自身君になら仕事を任せられると判断した」 「幸村君…」 「それに蓮二を待ってる間どこかで時間を潰すのも大変だろ?だったらテニス部で仕事してた方がよくない?その方が蓮二も安心だし、こっちとしては部の雑用をこなしてくれると凄く助かる。ね?お互い結構いい条件の話だと思わない?」 「た、確かに…」 「でしょ?」 うむ…、と顎に手をあて私は思考を巡らせた。 確かに柳君を待っている間、図書室で本を読むか、幸村君に頼まれた花壇の手入れなどをしてやり過ごしている事が多いが大半は毎回何をしようかと悩んでいるのも事実。常にやる事があるならそれに越したことはない。うーん、どうしようか。 そんな時、頭上でチャイムが鳴り響いた。 「おっと、予鈴だ。じゃあ俺は戻るから、その話考えといてくれるかな。返事は今日すぐにとは言わないからさ」 「うん、わかった」 「もし引き受けてくれたら蓮二も喜ぶと思うんだけどなぁ」 こっそりと私の耳元でからかうように言った幸村君に私は顔を真っ赤にした。 「なっ!も、もういいから早く教室戻んなって!授業遅れるよ?!」 「ふふふ、はいはい。じゃあまたね」 顔を赤くしたまま急かすよう幸村君を追い返すと彼は楽しそうに笑いながら教室から去って行った。 「もう…、」 熱くなった顔をクールダウンしようと下敷きでぱたぱた扇いでいるといつの間にか本鈴が鳴り英語の教師が教室に入ってきて授業が始まった。 授業が始まっても勿論集中する事は出来なくて、考えるのはマネージャーの話と、柳君の事。 「(幸村君があんな事言うから…)」 でも、もしも私がマネージャー業を引き受けたら、本当に柳君は喜んでくれるんだろうか。 その事ばかりが頭の中をぐるぐると回ってしまい、結局英語の単語なんて殆んど入ってはこなかった。 |