なん、だって? 「えと、柳君…?」 「今はまだ無理にお前の気持ちは聞かない。突然言われてお前も戸惑っているだろう?」 「え…」 ちょ、え、 「だから、じっくり考えてくれ」 「あ、うん…」 やっべぇ、言いそびれた…!! ど、どどどどどどうしよう…!! 乙女ちっくにうじうじもじもじしてたら言いそびれちゃったよ! 今から好きですって言う? いや、でももう柳君頭切り替えてノート見ながら「次はどういう風に教えるか…」とか言っちゃってるし! それに今「実は私も好きなの!」って言っても大して何も考えないで安易に返事をしたように思われちゃうかもしれないし…。 無理!そんなんで柳君に嫌われるのは絶対嫌……っ!! でも…っ! 「柳君…っ!!」 「ん?どうした」 「あの…ね…!」 ちゃんと、言わなくちゃ…っ! 「……何でもないです」 「そうか」 ごめんなさい私には無理でしたあああ!! やっぱり簡単に返事をしたと思われて嫌われたくないです…。ううう。 意気地なしの私なんか滅べばいいのに…。 「(でもでも!次こそはタイミングを見計らってちゃんと言うぞう…!)」 ギリリッと一人心の中で密かに決意した私でありました。 「では気を取り直してさっきの続きでもやるか」 「よろしくお願いします!」 ノートから顔を上げ言う柳君に返事をしたと同時だった。 私の頬に冷たい何かが当たった。 「雨…?」 頬に落ちた何かに触れてみるとそれは水滴で、雨と分かった瞬間パラパラと見上げた鉛色の空から雨粒が降ってきた。 「千秋、濡れるぞ」 雨だ、なんて空を見上げ悠長な事を考えていると柳君に肩を抱かれ、あっという間に雨が当たらない屋上の扉前へと連れていかれていた。 「あ!ご、ごめん、私がぼけっとしてたから柳君濡れちゃって…、大丈夫?雨、苦手なのすっかり忘れてた…っ」 「このくらい平気だ。自律神経が弱いと言ってもそこまで柔じゃない」 両親が水中系の斑目から生まれた子供は生れつき自律神が弱い事が多く、例えば寒さや季節の変わり目、梅雨などに非常に弱い場合が多いという。 両親が水中系で蛟の柳君も例に洩れず、自律神経が少しだけ、弱い。 柳君は髪や服についた水滴をハンカチで払いながら怪訝そうに雨空を見上げた。 私も柳君に倣い、ゆっくり雨空を見上げた。 パラパラと降っていた雨はいつの間にか雨粒を増やし、しとしとと地上に降り注いでいた。 「この雨だ。今日はもう特訓は切り上げよう」 「そう、だね」 切り上げる、という事は解散という事で、柳君は自分の教室に帰ってしまうのだろうか。 そう思うと、少しだけ寂しくなった。 もう少し一緒に居たかったな、なんて密かに思ってしまっていて。 昼休みはあともう少しだけある。 まだ教室に戻る気にはなれない。チャイムが鳴るまでここにいよう。 そう思って壁に背を預けた。 けれど隣の柳君も動く気配はない。 横を見ると柳君も私と同じように壁に背を預け雨を眺めていた。 「柳君、教室戻らないの?」 「ああ、まだ教室に戻る気分じゃないからな。もう少しここにいる。千秋は?」 「…私も、柳君と一緒」 「なら予鈴が鳴るまでここにいよう」 「うん」 小さく口許を緩め笑う柳君に、私も笑顔になった。 「(もう少しだけ、一緒にいれる)」 嬉しくてにやけてしまいそうになる顔を必死に抑え、私は雨空を必死に見上げた。 「そういえば、柳君、さ」 「なんだ?」 少しの沈黙のあと、私は口を開いた。 「私の事好きって…言ってくれたじゃない?初めて会った時からって…」 「…ああ」 「それって1年生の、高校に入学してすぐの委員会の集まりの時?」 私の最初の柳君との出会いの記憶は、そこだ。 初めての委員会での集まりの時。もう一人同じ委員会の子がいたんだけど、体調不良で早退しちゃって私一人で行くことになった。外部入学で、右も左もわからない、そして友達もいない。そんな状況でたった一人で委員会の集まりに放り出され、訳も分からずあたふたしているところに柳君が声をかけてくれた。 『どうした?大丈夫か』 『え…?』 本当に、嬉しかった。それから委員会以外にも会う事があったら何かと気にかけてくれた。多分最初の印象でかなり頼りなかったからだと思うんだけど。 当時の事を思い出して思わず自分にくすりと笑った。 「あの時、柳君が声かけてくれて本当に助かったなぁ。でもアレがきっかけだったら自分的にちょっと恥ずかしいなぁ、なんて」 へへ、と照れつつも苦笑し頭をかいた。 「まぁ、確かに委員会の時のアレもきっかけの一つだな」 「きっかけの一つ? って事は、他にもなんかあるの?」 「……多分、お前は覚えてないだろうな」 意味深な言葉に首を傾げると柳君はくすりと、どこか奥があるような、そんな笑みを浮かべた。 「あ…、えっと…」 どういう、事なんだろう。 本当はその言葉と、表情の理由を聞きたかった。けれど、柳君はすぐに顔を前へと移してしまい、なんとなく聞ける雰囲気ではなかった。 それに、どことなく聞いてもいけないような気もした。 なので私もまた前を向き、沈黙した。 しとしととしきりに降る雨。ああ、きっとこの雨は中々止まないだろうな。 一人思っていると、ある記憶が自然と蘇ってきた。忘れかけていた、昔の記憶。 「……そういえばね、あの日もこんな雨だったかなぁ」 「今度はなんだ?」 「私、小学生の時男の子を助けた事があるんだ」 「…………え?」 柳君がどこか驚いたようにゆっくりと、こちらを向いた。 「実は私ね、小学5年生くらいまで東京に住んでて、神奈川に引っ越す前くらいに今日みたいな雨が降ってる日に、傘もささないで道の隅にうずくまってる子を見つけたの。雨の日に傘も持たないでどうしたんだろうって近寄ってみたら見るからに弱っちゃってて」 「…それで、どうしたんだ?」 「それで、死んじゃう!って思って慌てていつも行ってた小児科のお医者さんに電話して来てもらったんだー。その子が先生の車乗る時に名前聞かれて答えたんだけど、私がその子の名前聞くの忘れちゃって。アハハ、間抜けでしょ?」 「……」 「今思うと雨であそこまで弱っちゃってたなんて、もしかしたらあの子も斑目だったのかな、なんて思って。あの子、今どうしてるんだろう。今もどこかで元気にしてたらいいな、なんて思っ、んん…っ!」 雨空を見上げて昔助けた男の子に思いを馳せていたら、突然腕を引かれ柳君に口付けられた。 「ぅん…っ」 首に手を添えられ動かないよう固定されると更に深く唇を合わせられてから、ちゅっと音をたて離れていった。 「ど…、どうしたの?急に…っ」 私、何か変な事言った…? ふはぁっと突然のキスにうまく呼吸が出来ず離れた途端肩で大きく呼吸をした。 「先週の金曜からジャミングしてなかったからな…今日で3日目だからキスしないと先祖返りのフェロモンが垂れ流しになるぞ」 「あ、あう…、そういう、事…」 あ、なるほど…と顔を赤くしながら納得した。 するとくつりと頭上から小さな笑い声が。 「…なんて、な。言っただろう?ジャミングは態のいい言い訳で、本当はただ俺がしたいだけだ」 「ん…っ」 再び重なった柳君のしっとりとした薄い唇に心臓が飛び跳ねた。 しっかりと重ねた唇の小さな隙間を逃さず素早く柳君の舌が私の口内に滑り込んできて私の舌に絡みついた。 「ふ…、んん…」 唇が離れて、またくっついて。何度も何度も、繰り返されるそれ。 その合間に少しだけ目が会った柳君はどこか嬉しそうで。 柳君の片方の手がぎゅっと私の手を握って、それからお互い指を絡め合った。 「やなぎ、く…もう少しで予鈴、鳴っちゃ…」 「…もう少しだけ、」 「ん…、」 まるで甘えるように、 まるで縋るように、 ゆっくり近づいてくる柳君に、私はもう一度目を閉じた。 私自身、柳君の手や唇の熱にどんどん侵されていくのかわかる。 優しい指先に、私の頬を撫でるさらさらの柔らかい髪、私の名前を囁く低い声、 「千秋…」 「ん…っ」 ああ、私はこの人のすべてが好きだと思った。 愛しいと、思った。 もう、私の耳には雨音しか聞こえなくて、 あとは、お互いの熱だけ。 それだけで十分だった。 雨も嵐もどこかの蝶のせいにして (好き、好きなの)(まるで堕ちるかのように)(私はこの人に惹かれていく) 2012.11.03 satsuki 加筆修正 2013.11.24 そう簡単にカップルにはさせない。ほぼもうカップルっぽいけども! |