柳君に『好きだ』と言われた。 カーテンからかすかに差し込む光と雀達の可愛らしい鳴き声が朝だと告げているのに、私はベットから中々起き上がれないでいた。 夕べはあまり眠れなかった。 けれど、眠い訳じゃない。むしろ目は冴えているくらいで。 その原因は勿論、柳君。 流れで柳君のお宅に本を借りに行ったはずが、柳君から突然の告白をされ、ちょっとアダルトな雰囲気になり、そうなところに柳君のお姉さんが現れ、見られたー!と恥ずかしくなった私が柳君宅から逃亡…。 という何とも間抜けな一連の出来事が原因だ。 のろのろとベットから抜け出し部屋の隅にある鏡の前に立つとほんのちょっとだけスエットの襟を引っ張った。 するとそこにはうっすらと残る赤い痕が2つ。 柳君が残した、キスマーク。 「っ!(ひゃあああ!!)」 あの時の、柳君の色っぽい声や表情を思い出すだけで顔が真っ赤に火照る始末。 「千秋ー!さっさと起きなさい!月曜日から遅刻するつもり?!」 「うーん、わかってるー…」 一階から叫ぶ母の声にも上の空。 実はあの告白以来柳君とは会っていない。 あの日は金曜日。土日を挟んでしまっていて、柳君とまともに顔を合わせるのは今日が初めてなのだ。 同じ学校だし、多分休み時間に魂現を抑える特訓だってするだろうから柳君とは絶対に会うはず。 私、まだちゃんと柳君に返事してない。 けど、どんな顔して会えばいいんだろう…? 弾丸とキスマーク 昼休み、予想通り魂現を抑える特訓をする為屋上に呼び出された。 あれから3日。どんな風に会っていいものかとドキドキしながら屋上への扉を開けたのに。 「全然なってないな。先週の方がまだまともに出来ていた気がするが?」 「も、申し訳ございません…!」 なんかめっちゃ普通だった。 あれ?私告白されたんだよね? あれ、おかしいな。 そんな雰囲気が微塵もない。 ドキドキしながら屋上行った途端『遅い。早速練習始めるぞ』って普通に言われたもの。漫画とかでよく見る告白後の余韻とかゼロだったもの。 あれ。もしかして告白されたとか私の都合のいい妄想で、実際はされてなかったとか…? 何それやばい、だったら悲しすぎる。 「あ、そ、そういえば今日幸村君は?いつも無駄にいるのに…」 「精市は今部長会議に出ている」 「え、部長会議って各部の部長が集まって部の予算やら何やら色々話し合うやつ?」 「ああ、昼休みと同時に今期の予算ぶん取ってくると意気揚々と出ていった」 うわぁ…。あの男ならやりかねない。きっと対抗してくる部の代表を笑顔ですべて捩じ伏せるだろう。 その事が容易に想像出来て私はハハハ…と乾いた笑いをもらした。 「そんな事よりも今は自分の事を考えろ。魂現を抑える事の他にも覚える事はまだたくさんあるんだ。昼休みくらいしか時間が取れないのだからなるべく集中してくれ」 「あ…、う、うん…ごめん、なさい」 いつも優しいはずの柳君に少しだけ、ほんとにちょっとだけだけど強めに言われ思わずしゅんとした。 …確かに集中出来てなかった。自分の自由な時間を削ってまでせっかく柳君が色々教えてくれているのに。 ダメだなぁ、教えて貰っている時くらいしっかりしなくちゃ…。 告白の事は一旦忘れよう。 「(よし!集中集中!)」 私は邪念を吹き飛ばすかのようにぐっと拳を強く握った。 「ご、ごめんね柳君!もう一回一から教え、」 「……すまない」 「え?」 「本当に集中出来てないのは、俺の方だ」 柳君は「はー…」っと長く重い息を吐き出すと片手でくしゃりと自分の前髪を抑えた。 「柳君…?」 「本当はお前にどんな顔をして会えばいいのかわからなかったんだ。先週、変な別れ方をしからな」 先週とは多分、あの事…だよね。 「あっ、あの時はホントにごめんなさい!突然帰っちゃって…。お姉さん、怒ってなかった…?」 「アレの事は気にしなくていい。怒るどころかまた連れてこいと言っていたくらいだ」 「よ、よかったぁ…!」 怒ってたらどうしようかと思ったよ! 大丈夫だと聞き私はほっと息をついた。 「けれどお前が帰ってから、冷静になって、それから酷く狼狽えた。お前に好きだと、ついに告白してしまったんだとな」 「っ、」 好きだと言う言葉にあの日の光景が一気にフラッシュバックし、私の顔はカッと一気に熱を帯びた。 「正直、自分から誰かに告白するなんて初めての事だったから、一人になってから柄にもなく動揺した。どうすればいいかわからなかった。次に会う時、どんな顔をして会えばいいのかも」 「柳、君…」 「だから何事もなかったように接して、教えるのに集中しているフリをした。けど、ダメだな。所詮は"フリ"だ。お前の口から精市の名前が出た途端、嫉妬した。だからさっきはきつく言ってすまなかった。本当に集中出来てないのは俺の方だ」 「そ、そんな事…!私だって、せっかく教えてもらってるのに全然集中出来てなくて……っ」 むしろ私の方がいっぱい色んな事悶々と考えてて、全くダメだった。 申し訳なく思い柳君を見ると、柳君はどこか自嘲気味に小さく笑ってみせた。 「柄にもなく動揺して、その上精市にまで嫉妬するなんてな。心が狭いと笑ってくれて構わない」 「そっ、そんな事ないよ…っ!そんな風に思ったりしない…っ!」 「だが」 「え?」 「お前を好きだと言うのは本気だ」 「っ」 「初めて会った時から、お前だけが、…千秋だけを想っていた」 柳君の真剣な眼差しに思わず息をのんだ。 「あっ…、あ、の…、その…っ」 わ、私も言わなくちゃ。 ちゃんと柳君が好きですって、私も柳君が好きなんですって…!! 「あ、の…っ、わ、私、も…」 "好きなの" そのたった一言が出て来ない。 言おうとすると、かぁっと顔が熱くなって、唇が震えた。 ただ私も好きですって言葉を返すだけなのに、 簡単な事のはずなのにうまく言葉が口から出て来なかった。 「あの、あのっ…!」 心臓がこれでもかというくらいバクバクして、そのまま口から出てしまいそうだ。 多分私の顔は今、これ以上ないくらい真っ赤だろう。 でも言わなきゃ! ちゃんと自分の気持ち伝えなきゃ…っ! 「柳君っ!あのねっ!」 「大丈夫だ」 「えっ?」 |