「…すまない。どうやら勘違いをしていたようだな」 「う、ううん…大丈夫、です…」 「怖がらせた」 「そんな事…、あ、でもちょっとびっくりはしたかも…ハハ」 「以前それで部の後輩を泣かせたことがあって精市に注意されてからは気を付けてはいたんだが…」 な、泣かせたのか…、いや、美人は怒らせると怖いと言うし、何も知らない後輩ならアレは確かに泣いちゃうかもしれない…。柳君は無自覚なんだろうが、私は泣かされたという見た事もない後輩を思い心の中で静かに手を合わせた。 「けれど、どんなに気を配っていてもお前相手だとどうしてもダメらしい」 「え?」 「お前の口から俺以外の男の名を聞くとどうしても冷静ではいられなくなる」 「…え…っと…?」 どういう、事…? 「酷くイラついて、その男を殴り飛ばして、お前の前から消してしまいたくなる。俺以外の男がお前の前からすべていなくなればいいと、そう思ってしまう。…いや、常にそう思っているのかもしれない」 「柳、君…?」 この人は、何を言っているの? 何でそんな事言うの?何でそんなに熱の籠った目で私を見るの? ねぇ、そんな事言われたら私、 勘違い、しちゃうよ…? だって、それだとまるで…… 「千秋」 「っ!」 静かに名前を呼ばれ、膝に置いていた手を包み込むように柳君の大きな手に握られ、思わず心臓が飛び跳ねた。 「早かれ遅かれ、いつかは言おうと思っていた事だ。だから今言おう」 私の手を握る柳君の親指が自分の存在感を植え付けるかのように私の手の甲をゆっくりと一度、撫で上げた。 「俺はお前が好きだ」 身体が、 「初めて会った時から、ずっとお前だけを想っていた」 心が、震えるのがわかった。 「千秋が好きなんだ」 柳君の真剣な顔に私の頬は一気に熱を持った。 「あ…、えっ…と、」 頭が混乱する。うまく言葉が紡げない。 だって柳君が好きって言った。 あの柳君が、私を好きって。 嬉しい、嬉しいけど、小骨が喉に刺さったような感覚がどうしても抜けない。 「でも、ひ、日高さん、は…?二人は付き合ってるんじゃ…」 「は?日高と俺が?」 「え、違うの?」 「違う。そんな事実はないし誤解だ。」 「で、でも、今日屋上で…」 「とにかく違うんだ」 柳君は不安でいっぱいの表情をしているであろう私を見つめてから、何かを諦めたように息を吐き出してから言った。 「日高とは本当に付き合ってない。……だが、きっとお前も薄々勘付いているように、アイツと身体の関係を持っていたのは事実だ」 「……」 やっぱり、そうだったんだ…。 柳君本人の口から聞かされる真実にズキンと胸が痛んだ。 「でも、今はもうそんな関係じゃない。彼女とは完全に終わっている。いや、終わりにした。今はお前だけだ。本当に、お前だけが好きなんだ」 「柳君…、じゃあ今、その…キ、キ……」 「ああ、今キスしているのも抱きしめてるのも、全部お前だけだ。ジャミングだなんて、態(てい)のいい言い訳してずっと感情的に口付けていた」 「あ…、う…っ」 「ふ…なんだ、それは」 柳君の思わぬ告白に私の心臓はすでに爆発寸前で、顔は茹蛸のようなんだろうと自覚はしているもののそれを抑える術は持ち合わせておらず、言葉にならない声だけが口からもれた。 それに対しておかしそうに口許を緩める柳君が綺麗で、更に私は茹蛸になるしかなかった。柳君は包むようにして重ねていた手を力強く握り込んだ。 「…ず、…ずっと、柳君は優しいから、急に斑類になった私がほっとけなくて、こうやって構ってくれてるんだと思って、た…」 「まさか。悪いが俺はお前が思うほどそんなに優しい男じゃない。お前じゃなかったら俺はきっとあんな風に助けなかった」 今まで握っていた手を離し、柳君はその手をすっと私の頬に添えた。 「誰にも渡したくないんだ」 「柳く…」 「好きだ」 「っ…」 「本当に、好きなんだ」 ちゅう、と頬に柳君の唇が押し付けられた。 「柳、くん、ちょ…待っ、」 「もう待てない」 「んっ」 「…好きなんだ」 ずっと、好きだった。 うわ言のように囁きながら柳君の唇は頬から額、目元、そして首筋へと存在を確かめるかのように這わせられた。 首筋に行きついた唇がかぷりと食いついたと思うと強く吸われいつか感じたピリッとした甘い痛みがそこに走った。 背中に添えられていた柳君の手はいつの間にか明確な意図を持って動き始め私の腰に手を這わせたかと思ったらスカートからワイシャツを引き抜き、その中へと柳君の冷たい手が侵入してきた。 「ひあっ、柳君…っ」 するりと入ってきた体温の低い手が私の肌を直に触り、ぞくりと腰が疼いた。 「千秋、手はここだ」 震える手で必死に柳君のワイシャツを掴んでいた手をそっと外され、柳君の首へと誘導された。 「ここに掴まってろ」 「あ…うひゃ…っ」 両腕を柳君の首に巻きつけた途端再び首筋に顔を埋められざらりと舌で舐められた。 次第に襲い来る快感に徐々に呼吸が荒くなり、身体が熱くなる感覚がした。直に肌に触る柳君の冷たい手の平に、首筋を這う熱い唇と舌。私の理性を奪うには充分だった。 「千秋、」 柳君はゆっくり私の首筋から顔を上げ、お互いの唇が触れそうなくらいの位置で見つめ合い、柳君はもう一度頬に唇を押し付けると、吸い寄せられるように自分の唇を私の唇にそっと近付けた。 「(あ…、キス、する…)」 私はゆっくりと目を閉じて柳君の唇を受け入れようとした。 その時だった。 「ねぇー、蓮二ー!!昨日返した本なんだけど中に彼氏に貰った栞入れっぱなしにしちゃったんだよね〜返してくれるー?」 「?!」 突然ガチャリと開いた柳君の部屋の扉の方を見ると綺麗な女の人が一人、そこに立っていて、私と柳君を見て固まった。 けれど、そんな私も勿論固まっていて、目を見開いて目の前の女性を凝視した。 そんな私を余所に柳君だけははぁ、と重たい溜息を吐きだし、冷静に「姉さん…」と呟いた。 え、姉さん…? え!?姉さん??!! 「おおおおおおおお姉さん?!柳君のお姉さん?!」 「ああ、そうだ。認めたくないがアレは俺の姉だ」 ええええええええええええ!!!!!! 「姉さん、いつも部屋に入るときはノックをしろとあれだけ…」 「悪かったわよ。まさか取り込み中だとは思わなかったんだもの」 にっこりと笑う柳君のお姉さんの言葉にはたと気づく。 今の状況。 お互い密着して、柳君の片手は私のワイシャツの中にあり、私の両腕は柳君の首に…。そして今にもマジでキスする5秒前。 「何かごめんなさいね、邪魔しちゃって」 うふふ、と綺麗に笑うお姉さんに、瞬時に私の顔はボンッと赤く爆発した。 「ひあぁぁあああああ!!!!ごごごごめんなさいいいいい!!!!」 ばっと立ち上がると私は乱れた制服を急いで整えお姉さんの前まで行くと勢いよく頭を下げた。 「おおおおお邪魔しました!ふしだらな真似してすいませんでしたああああ!!!!」 「え?そんなの気にしないでもっとゆっくりしていけばいいのに。今日うちのお父さんもお母さんも帰ってこないし」 「そ、そんな訳には!!今日は本当にお邪魔しました!ありがとうございました!!」 「え、ちょっと」 申し訳ないとは思ったけど私は脱兎の如く柳君の家から逃げ出した。 「(ひあああああ!!お姉さんに見られたぁぁああ!!)」 突然の事に心臓をバクバクさせながら、とにかく私は走りに走って家に逃げ帰ったのだった。 花咲く背中のスティレット 「…あらあら、なんかごめんねぇ〜邪魔しちゃった上にまさか逃げ帰るとは。ははは、あの子面白いかも」 「笑うな。ったく…」 「悪かったわよー、帰ってきたら玄関に女の子の靴があるんだもの。アンタが女の子連れてくるなんて初めてだったし、ちょーっと見てみたかったのー!」 「だからって突然入ってくるな」 「それより、何何?あの子アンタの彼女?それとも片想い?もうモノにしちゃった?ねぇねぇねぇねぇ蓮二―!」 「(こいつ…)」 2013.10.31 satsuki 加筆修正 2013.11.24 仲良し姉弟。柳君のお姉さん大学生くらいがいいな。恋愛に冷めてたはずの弟の恋バナに夢中。 |