Episode1 | ナノ




「それで?密会浮気中とは何だ」





両手を前に組み、立ったままの柳君に不機嫌全開で見下ろされ、その鋭い視線に冷や汗を流しながら固まる私。




「(えーっと…、)」




どうしてこうなったんだっけ…?







弾丸とキスマーク








カラン、


ローテーブルの上に置かれたコップの表面はいつの間にか汗をかき、麦茶の中に入っていた氷が涼しげに音をたてた。


私は今だ柳君に無言で見下ろされている。

部屋に流れる冷たい空気に思わずゴクリと喉を鳴らした。


「(あれ?何でこんな感じになってるんだっけ…?)」


さっきまで柳君の部屋に初めてお邪魔して、はしゃいでいたはずなのに。


「(あれれ?)」


さてさて。こうなったら何故こんな感じになってるのか、一から思い返してみようではないか。


「(えーっと、えーっと、確か…)」




柳君の部活やってる間に幸村君に頼まれた花壇の草むしり。

途中、休憩中のジャッカル君とまたまた初対面を果たしちょっとだけお悩み相談。ジャッカル君いい人ー!と好感を持つ。

部活が終わった幸村君と柳君がやってきて、幸村君にお礼の缶ジュースを貰い柳君と帰宅。

あれ、柳君いつもより口数が少ないなー。

その途中で柳君が「お前が前に読みたいと言っていた本が姉から返ってきたんだが読むか?」と聞かれ「読む!」と即答し、なんやかんやで柳君のうちまで本を取りに行く事になって…、それで…、


「(ついでにお茶を飲んで行く事になって、今こうして柳君のお部屋に初訪問しちゃった訳だけれども……)」


初めて訪ねる柳君のおうちに、初めて入る柳君の部屋。柳君らしいシンプルで清潔感溢れる部屋にドキドキしつつ、柳君がお茶を持ってくるまでの間一人で床に座りながら立派な本棚を眺めていたら柳君が戻ってきて、真ん中にあるガラステーブルにガンガンっと少し荒く麦茶の入ったコップを2つ置いて、そのまま立ち腕を前に組んで私を見たと思ったら、





『それで?密会浮気中とはなんだ』




と聞かれ、最初の状態に戻る訳なんだけれども…。



とりあえず柳君の不機嫌オーラ、ハンパないっス…!

私は柳君の放つオーラに完全にビビってしまい本棚の前で足を崩して楽に座っていたはずなのに今では自然と正座をしているくらいだ。それくらい、今の柳君はピリピリしてる。

私が斑類に仲間入りしてからちょうど一週間ほど。何となく斑類というものを理解して、自分が斑類なんだという自覚もほんのちょっと出て来たし、斑類というものに耐性がついて来たからなのかもしれないけど、こういう風に少し感情を表に出すだけで改めて柳君は斑類の『蛟』なんだと、


……"ワニ"なんだと、自覚する。


鋭く、射抜くよう視線と少し恐怖すら感じさせる雰囲気に、彼が獰猛な肉食獣なのだと、自覚させられるのだ。


それに対して私は猫だ。世間ではプレミアで重種以上の存在だとされているが、ただ『先祖返り』というだけで私は軽種だ。結局はただの猫なのだ。



ワニに猫は、どう足掻いたって、敵わない。



今の状況はまさに蛇に睨まれた蛙、いや、『ワニに睨まれた猫』状態なのである。

今私に耳と尻尾が生えてたらこれでもかというくらい垂れ下がっている事だろう。



「(って!今はそんな事よりも何でこうなっているのか考えろ自分…っ!)」


数時間前にジャッカル君と話してようやく柳君が好きだと自覚した途端柳君に訳も分からず怒られてるとか悲しすぎるでしょ!!


私はうまく回らない頭を何とか動かし考えた。


えーっと、えーっと、柳君はさっきなんて言った?

確か密会浮気中だとかなんか?

密会……


ん?密会?


それってもしかして、アレ、か…?



「えーっと、柳君…?密会浮気中って…もしかして、さっきの部活中に私とジャッカル君が話してて、それを見た丸井君がふざけて浮気中ー!とかって叫んで言った事…?」


首を傾げながら尋ねると柳君の眉が一瞬ピクリと動いた。


「…随分親密そうだったと丸井が言っていた。何を話していた?いつの間にジャッカルと知り合った?」

俺は奴とお前を会わせていない筈だ。

柳君は私から目を反らさず質問を重ねた。その鋭くも真っ直ぐな目に私は怖じけづきそうになる。

そもそも何で柳君はこんなに怒っているんだろう。


「えっと…、テニス部って元々みんな有名だしジャッカル君の事は前から知ってたというか、丸井君と切原君から私達は同じ猫又だって聞いてたから…。あっ、でも直接会ったのは今日が初めてだよ!たまたまテニスボールが転がってきて、それを拾いにきたジャッカル君とたまたま会って話してただけで…」

「何を喋ったんだ?」

「え?えーっと……」

私は言葉に詰まった。

だって柳君の事を相談してたとか言えないでしょ…!

私は思わず柳君から目を反らし何て言ってごまかそう、と指をもじもじさせながら考えた。


「…俺には言えない事か」

「えっ…?!いや、違うの!その、ジャッカル君に斑類の事聞いてたの!自分が斑類って言われてもまだまだ解らない事ばっかりだし…っ!それにジャッカル君優しいから色々丁寧に答えてくれて!話してて思ったけどジャッカル君ってすごくいい人だよね!きっとジャッカル君と付き合っ…」

「やめろ」

「え?」

私の言葉をさえぎるように低く響いた柳君の声に私は顔を上げた。
ああ、ついに怒らせたのかと不安になったが、柳君は片手で目を隠すかのように顔を押さえると重たい息を吐き出した。



「聞いたのは俺だが、余り他の男の名前を連呼しないでくれ。ジャッカルと言えど、さすがにイラついてくる」

「ご、ごめ…ん…?」

私は柳君の言葉に謝りながらも意味がわからず首を傾げた。

「それとアイツはやめろ」

「え?」


やめろって、何を?


きょとんとする私に柳君はスッと近付くと私の目の前に片膝をつき距離を縮めた。


「ジャッカルはやめておけ。確かにいい奴だと言うのは認めるがアイツには付き合っている女がちゃんといる。お前に入り込める余地はないだろう。だから…」

「ええ?!ちょ、ちょっと待って!」

柳君が言わんとしてる事が何となくわかって私は慌てて柳君の言葉にストップをかけた。

「まさかとは思うけどもしかして柳君、私がジャッカル君に気があると思ってる?!」

「……違うのか?」

「ちっがーう!!私もジャッカル君と話して何となく彼女がいるのはわかったし、気なんかないよ!」

「でもさっきジャッカルと付き合うとかどうとか、」

「それはただあの優しいジャッカル君と付き合ってる彼女さんはきっと幸せだろうねって言おうとしただけ!私、ジャッカル君と付き合いたいなんて思ってないよ!」

「そうなのか?」

「そうだよ!だって!…だって、私は…」



(柳君の事が、好きだから)


そう簡単に言えるはずのない言葉を抑え込み、私は一体何を言っているんだろう…、と思わず自分の顔が赤くなるのを感じた。