初めて出会った時からこの男は どこまでも冷静で、どこまでも計算高くて、どこまでも不敵で―― そして、斑類の中でもトップレベルの重種。 恵まれた容姿に、体力と頭脳。 非の打ち所がないというのはこういう事なのだろうと思った。 柳連二とは、そういう男だった。 弾丸とキスマーク 《ジャッカル・桑原の見解》 "それ"を見たのはたまたまだった。 もうすぐで陽が沈む頃、辺りが少し薄暗くなりかけている時だった。 車道を一本挟んだ向こう側の道を歩るく一組の男女。 女の方に見覚えはなかったが男の方には見覚えがあった。 中学の時から長年部活で共に汗を流した仲間、 「(柳、か…?)」 人物が特定すると表情までもがよく見えてくるもので。 俺は柳のその表情を見た瞬間、驚きから目を見開いた。 なぜなら、 柳が笑っていたから。 いや、そんなのは普通の事と思うかもしれない。 けれど、違う。 いつものような読めない不敵な笑みでも何でもなく、 ただ純粋に、柳が微笑んでいたから。 柳はそんな簡単に笑顔を見せるような奴じゃない。 むしろ無表情が多いくらいだ。特に親しい幸村や真田にですら滅多に見せないであろうその表情。 そんな柳が未防備に笑っている。しかも嬉しそうに、どこか幸せそうに、隣に歩いている女を見て愛しそうに微笑んでいるのだ。 「……、」 こんな事があるのかと目を疑いたくなったが事実だ。現に今こうしてこの目でその情景を見ているのだから。 ――申し訳ないが正直、柳は冷たい人間だと思っていた。 中学からの仲だが、何となく、柳には見えない壁のようなものがあったと思う。 心を開いているようで開いてない。 むしろ心を開いてるように見せるのがうまいと言うか、何というか。当たり障りがない、要領のいい人間。 柳はいつも、 どことなく寂しそうに見えた。 どこか、遠くを見ていた。 そういえば女と付き合っても半年以上続いたのも見た事がなかった。 あの容姿で重種ときたもんだ。女なんか引く手数多だ。中には遊びもあったかもしれない。はたから見れば容姿もよくて頭も良い、運動もできる、女にも困らない。不自由なくて楽しすぎるくらいだらう。 けれど、 やっぱり柳はいつも、寂しそうだった。 それに大抵は斑類は斑類と付き合ったり関係を持ったりするのが普通だが柳は違った。俺が知る限り少なくとも2、3回、猿人と付き合っていた。 けれど、 やはり半年は持たなかった。 その当時だった気がする。1年程前。 「はぁ? 何で俺が…」 「お願い! 桑原君にしかこんな事頼めないもんっ!」 「そんな事言われたってな…」 パンッと神頼みと言わんばかりに目の前で手を合わせられた。 当時、柳と付き合っている彼女からの頼み事だった。猿人の、彼女。 「柳君にそれとなく聞いてみてよ…、私達、一応付き合ってるけど彼に好きだって思われてる自信ないの。付き合ってるのに、なんか私の片想いみたいで…、だから…」 「…………」 お人好しってのは自分でわかってる。でもそこまで真剣に言われたら断るに断れなかった。 柳とは面と向かって2人で色恋沙汰について聞いたことも話したこともなかった。どうしたモノかと悩んでいたがすぐにそのチャンスは訪れた。 部活が始まる前。たまたま早く部室に来たのが俺達だった。 「あ、あー…、柳」 「なんだ」 はっきり言って、気まずい。 「…いや、なんつーか、お前が今付き合ってる彼女と同じクラスなんだが…」 「……あいつに何か言われたか。まぁおおよそ想像はつくがな。本当に好きかどうかその真意を、と言った所だろう?」 「う…、まぁ、そんなところ、だ」 白状した俺に対して無言の柳。 お前には関係ないと冷たく言われるか、適当に当たり障りのない事を言われるか。 さて、どっちだと身構えていると着替え終わった柳はロッカーの扉を閉め、近くにあったパイプ椅子に腰かけた。 そしてふーっと深呼吸のように深い息を吐いた。 「別に彼女の事は嫌いじゃない。好きかと言われれば好きだ」 「――けれど、違うんだ」 何が違うんだ。 そう尋ねようとしても言葉が出なかった。 何故なら柳が、 酷く寂しそうな顔を、していたから。 そこにいつもの柳はいなくて、ただただ俺は思った。 コイツは一体何を求めているんだろう、 一体何を見ているんだろう、 コイツは一体何を、 ――一体誰を、探しているんだろう。 それから柳のあの寂しそうな顔が俺の中に強く印象付いてしまった。 酷く孤独を感じさせるあの顔が――――。 ――結局、その彼女とは2週間も経たないうちに別れたと後に噂で聞いた。 だがその柳が笑っている。 今目の前で幸せそうに、笑っているのだ。 その笑顔を見た瞬間驚いた。 けれどそれ以上に思った事は『嬉しい』、という事だった。 そんな表情が出来る柳に安心した。ほっとしたんだ。 見ているだけでその人が愛しいと、恋しいと、大切だと、伝わってくる。 今までも何回か女と歩いてる柳は見たことがある。 けれどそれは寂しいもので、無表情で相槌を打ってどこか遠くを見ていた。 どこを見ているのか。いや、誰を見ているのか。 誰を、求めているのか。 とにかく、その横顔に血の通った感情はなかった。 だから、 「……よかった、」 本当に、よかった。心の底からそう思った。 そんなにも温かい表情が出来るのだと。 きっとお前が求めていたものは隣にいる彼女なんだろう? 誰からも何も聞いていない。 けど、そうなんだと思えた。確実にそうなんだろうって、強く思えたんだ。 じゃなきゃそんな顔、ありえないだろ? 出来ればもうあんな寂しそうな顔は見たくはなかったから。 隣を歩いている彼女だって柳と同じで、お前を見て楽しそうに笑ってる。幸せそうに笑っている。 よかった、本当に。 よかった、 心の底から。 本当に、本当にそう思っているんだ。 「ジャッカルお待たせー! 買い物終わったよん!」 「あ、ああ。そうか、いいの買えたか?」 「うん!ジャッカルも来ればよかったのにーっ」 「雑貨屋なのに下着見るだなんて無理だろ!」 「えー?別に普通じゃない?今の雑貨屋なんて服も下着も売ってるところいっぱいあるよ?あ、あとで買った下着見せてあげるねん!うっふふ!」 「そりゃどうも」 楽しそうに笑う自分の彼女に半笑いで返し、ふと柳に目を向けるともう自分たちの位置を通り過ぎたようで後ろ姿しか見えなかった。 けれどやはり、後ろ姿さえ幸せそうで。 それを見て思わず笑みがこぼれた。 そして今自分の隣にいる彼女を見た。 「? 何?なんかいい事でもあった?」 「あぁ、まぁ…な」 「えー?何何?私にも教えてよー!」 きっと、 誰かが幸せなのを見て、自分も幸せな気持ちになれるのは 自分も、幸せだからかもしれない。 多分、いや、 絶対 そうなんだろう。 「…ま、そのうちな」 「えーっ?」 ホントに?と唇を尖らせて拗ねた風に見せる彼女の手をそっと握りしめると彼女は文句を言いながらも微かに頬を赤くして笑った。 ちらりともう一度柳とその彼女の後ろ姿を見てから俺達もそれに背を向け歩き出した。 どうか、柳がもう二度とあんな顔を見せませんように。 どうか、幸せでありますように、 どうか、どうかと そう願う――――、 まるで花が綻ぶように、 (友人の、仲間の幸せを強く願うのは欲張りでしょうか。我儘、でしょうか) 2013.09.20 satsuki 9話の前日のお話。先祖返りの子がいると聞いていましたが9話の午前中辺りに丸井君あたりから昨日柳さんと一緒に帰ってたのが先祖返りの千秋さんなんだと知ります。 そんな裏設定。 いつかジャッカル君とその彼女の話も書きたい。 ジャッカル君の彼女、めっちゃ金持ちの元気っ子お嬢様です。 |