Episode1 | ナノ





「…あのさ、丸井君達からちょっとは聞いてると思うんだけど、私ついこの間斑類になったばかりでありまして、まだわからない事だらけなんだけどさ…」

「あぁ、何となく事情は聞いてる」

改めて私とジャッカル君は花壇の前に二人並んでしゃがみ込んだ。

「……斑類と猿人の恋愛観とか貞操観念みたいなものって…やっぱ違ったりするもんなのかな…」

「あー…やっぱり柳となんかあったのか」

ブチリと雑草をひとつむしり取りぽつりと呟くように言った私の言葉にジャッカル君は納得したように言うと「で、何があったんだ?」と私に話の続きを促した。


「…なんかね、ホントについにこの間突然斑類になったもんだから先祖返りの強いフェロモンが私から流れ出てるらしくって、それを止める為に柳君がずっとジャミングってのをしてくれてるんだけど……って!ちなみに寝てないからね!私と柳君はそんな関係じゃないんだからね!幸村君にはめんどくさいからさっさとヤっちゃえよとか破廉恥な事言われたけど違うんだからねっ!」

別にそこまで深く聞いてねぇよ。つーか真っ赤になるくらいなら自ら墓穴掘るような暴露すんなよ…」

慌てて弁解すると「何となく察しはつくしな」と言われてしまった。

流石同じ斑類。そこんとこの斑事情は言わずもがなわかっておられるようだった。


「それで?」

「それで…たまたま柳君に彼女?がいるのを今日突然知ってしまい何故か複雑な心境でありまして……」

「あぁ、日高か。アイツらまだ続いてたのか」

「あぁあ!やっぱ付き合ってたんだね柳君と日高さん…!」

「まぁ柳と俺はあんまり女関係とかお互いの恋愛事を話したりするような仲じゃねぇからハッキリした事は言えねぇけど、見てる限りじゃ付き合ってるっていうかセフ…」

「ぎゃあああ!そんな直接的な事をみなまで言わないでいいから!私免疫ないから!恋愛経験ゼロだからぁぁあ!!」

生々しい単語を発しようとしたジャッカル君を制し私は頬を赤くしキャッ!と両耳を塞いだ。

ちなみにジャッカル君の「何こいつ…」みたいな視線にはあえて気付かないフリをした。

でもそうかぁ。やっぱり柳君と日高さんはただならぬ関係であった事は再確認出来た。

これでもう「まさかそんな」という現実逃避は出来なくなった。


「でもさぁでもさぁ!そうなると柳君はミス立海の日高さんという人がありながら私にジャミングって言うかちゅーをしてくれてた訳でしょ?なんかそれって複雑なんですけど」

「お前急にぶっちゃけだしたな」

いやー、ジャミングの方法がキスかそれ以上の行為と知ってるんだしもういいかなと思って、ね。

「柳君は面倒見のいい人だから困っている私をほっとけなかったのはわかるんだ。柳君、すごく優しい人だし」

「いや、何とも思ってない相手を助けるほどアイツは優しくねぇと思うけど…。つーか優しくねぇだろアイツ…」

「え? 何? ごめん、よく聞こえなかった」

「いや、何でもねぇよ」

ジャッカル君が何を言ったかは気になったけど先を促されたので話を続けた。

「それで今日日高さんに会うまで柳君と関係があったなんて全然知らなくてさ…。何で柳君は言ってくれなかったんだろうって、何で日高さんがいるのに私とキスしたんだろうって、そりゃ困ってる私を助ける為だってのはわかってるんだけど、なんかずっともやもやしちゃって…」

頭からその事が離れないの、

そう言ってから私は視線を落とした。話しながらも元気に雑草をむしっていた手も今の私の気分を表すように力無くしなだれた。

「…まぁ話を聞く限り美村が柳を好きで急に現れた自分の知らない彼女らしき女のい存在に嫉妬したって事だろ?」

「へ…?」

ジャッカル君の言葉の意味が分からず俯かせていた顔をゆっくりと上げ首をこてんと倒した。

「好き……?誰が、誰を…?」

「美村が、柳を」

「私が柳君を、」



好き…?




私が、柳君を…、



「っ!!」



途端にボンッと効果音が付きそうなくらいに私の顔は火山が噴火したが如く火を噴いた。


「私が柳君を好きぃぃい?!」

「え、違うのか?」

目をグルグル回しパニクったような私とは裏腹にジャッカル君は冷静だった。

「話を聞いてる限りどう考えても柳の事好きだろーが」

「えっ?!えっ?!」


私は手をあわあわとさ迷わせ目がぐるぐる回り最早パニック状態だ。

私が柳君を好き、だと…?!


「だって何で何とも思ってねぇ男の事をうだうだ考えてんだよ。好きだから気になるんだろ?好きだから自分の知らない女の存在にもやもやしてんだろ?好きだから、」





こんなにも悩んでるんだろう?






「っ…、」




ジャッカル君にそう真っ直ぐ問われ私はピクリと肩を震わせた。


本当は、



――本当は私だって、何となく気付いてた。
もしかしたらそうなのかなって。
でも私は気付いてたけどそれに気付かないフリを、した。



「…だって、私と柳君は最近近しい関係になったんだよ…? 今まではただ学校のどこかで擦れ違ったら挨拶したり一言二言言葉を交わすだけの関係で……。それが急に先祖返りとかで斑類になって、つい数日前からなんだよ? 柳君ときちんと話すようになったのは。しかもジャミングの為のキスでその気になるなんて……」


そんなのないよ。

確かに柳君は優しくてキスも何も考えられなくなるくらい気持ちいいけど、

それがきっかけでこのたった数日で好きになるなんてなんか違う気がして、

浮かび上がっていた感情の名前に気付いていたのに「違う」と言って私は拒否して突っぱねたんだ。







「――別にいいんじゃねぇの? きっかけがなんだって」

「え?」

ジャッカル君の言葉に顔を上げると彼は真っ直ぐに私を見つめて言った。

「人が人を好きになるのに理由なんかいるのか?時間って関係あんのか?俺はあんまり頭良くねぇからよくわかんねーけど、好きっていう感情が生まれるのに理由も時間も関係ねぇと俺は思ってる。正当な理由がなきゃ人を好きになっちゃいけねぇなんて決まっちゃいねーし、ちゃんと時間をかけなきゃ誰かを愛する資格がないなんて誰が決めた?」

「ジャッカル君…」

「美村が柳を好きになる理由も時間も関係ねぇよ。好きならちゃんと自分のその気持ちを認めて大事にしてやれよ」

な?

そう言って微笑んでくれたジャッカル君はすごくかっこよくて、何だか眩しくて。

「美村は柳が好きなんだろ?」

「……う…、ん…」

優しい笑顔で問いかけるジャッカル君に私はゆっくりと、自分の気持ちを噛みしめるように、大きく頷いた。

そして正直になれなくて認められなかった自分の気持ちを否定せず受け止めてくれた彼の優しさに思わず涙が零れてしまったんだ。




「私…っ、ほんとにこういうの初めてで…っどうしていいかわかんなくて…」

「あー…、泣くな泣くな。大丈夫だから。とりあえず美村が聞きたい事全部柳に聞いてみろよ。話はそれからだろ? な?」

ぽんぽん。

ぎこちなくも優しい手つきで頭を撫でてくれるジャッカル君の手はとても温かくて酷く安心した。
まるでお兄ちゃんみたいだな、なんて思ったりして。

「ありがとう、ジャッカル君…」

「別に礼を言われるような事でもねぇだろ。けどまぁ…、何かあったら話くらいは聞いてやれるから。俺でよかったらいつでも頼れよ」


そう言いながら優しく笑うジャッカル君は陽だまりのようで、不意に、

きっとジャッカル君は素敵な人と素敵な恋をしてるんだろうなって、思ったのです。









楽園に名前はいらない
(いつか私も、温かい陽だまりのような、そんな素敵な恋が出来ますでしょうか)










「おーい!ジャッカル!お前どこまでボール拾いに言ってるんだよ!もう休憩終わるぞっ!……って……」

「あ」

「げっ!」

横から突然やってきた丸井君に私とジャッカル君は固まった。
いや、丸井君も私とジャッカル君を見て固まってた。

今の私は涙目でジャッカル君に頭を撫でられている。

はたから見ればジャッカル君に泣かされたとか、涙目の私がジャッカル君に甘えているようにも見えるかも知れない。

「ブン太! 違うっ、これは…!」

ジャッカル君は素早く私の頭から手を退けると青ざめた様子で弁明をはかろうとした。


が、



「柳ーー!!ジャッカルと美村が中庭で密会浮気中ーーーー!!!!」


「ブン太ァァァアア!お前は俺を殺す気かァァア!!頼むからやめろぉぉおおお!!!!」



背を向け嬉々としてテニスコートへと戻って行った丸井君とは違いジャッカル君はまるでもうすぐ世界が終わるかのような表情で丸井君を追い掛けて行った。


遠くてぎゃーぎゃーと楽しそうな声が聞こえた。きっとテニス部だろう。


「丸井君、浮気って…私別に柳君とは付き合ってないのに…」


少し考えて、けどまぁいっか、って自己完結して。

不意に空を見上げると青に少しオレンジがかかっていた。

最初空を見上げた時に渦巻いていたもやもやはもう私の中にはなかった。


2013.09.19 satsuki
ジャッカル君激しく出張りました。ジャッカル君が好きなんです。すいません。
ちなみにジャッカル君はめっちゃ可愛い彼女持ち設定です。

BGM:DESTINY by My Little Lover