ぐるぐるぐるぐる、 ぐるぐるぐるぐる、 私の頭の中をさっきからずっと駆け巡り続けるのは昼休みに見た柳君とミス立海の日高さんの事ばかりだ。 弾丸とキスマーク しゃがみながらブチブチと花壇に生える雑草を抜く手をふと止め、私ははぁーっと重たく大きな息を吐き出した。 連日の雨で目の前の花壇には花を隠さんとばかりにたくさんの雑草が生ていた。 ちなみに私は生き物係でも美化委員でも何でもない。 学校の中庭にあるこの小さな花壇は幸村君のモノだ。 今日帰りのHRが終わった途端幸村君に「美村さん今日も蓮二と帰るんでしょ?じゃあ部活終わるまで暇だよね?だったらお願いがあるんだ。中庭に花壇があるでしょ?申し訳ないんだけどあそこに生えてる雑草を抜いて欲しいんだ。俺も中々抜いてる時間なくてさ。お願い出来る?出来るよね!じゃあよろしくね。後で飲み物奢るからさ」と私がうんともすんとも答えないうちから否応なしに笑顔で軍手を手渡されたのだ。いや、押し付けられたのだ。 受け取った軍手をはめ、雑草と睨めっこしてもうどのくらい経ったのだろうか。思った以上に生えていた雑草はまだ半分くらいしか取り除けていない。まぁまぁ小さめの花壇かもしれないけど意外と横に広く、しかも土が柔らかいから雑草を抜いた反動で花の苗までも少し抜けてしまう為雑草を抜きつつ花の苗もきちんと植えなおすというこれまた大変な作業だった。なんて作業させやがるんだ幸村め。 「くうぉぉお、腰が…っ!」 普段こんな風に屈んで作業する事がない私の腰は大打撃だ。 私は腰に襲い来る痛さを和らげるため立ち上がり、曲げていた膝を伸ばすと腰に手をあて上半身を思い切り後ろへと反らし空を見上げた。 「……、」 そして不意に思い出すはお昼休みに見た柳君と、柳君の彼女?であろうミス立海の日高さんの姿で。 「(あの2人が並ぶと美男美女でお似合いだったな…)」 そんな事を思うとぎゅっと心臓を鷲掴みされたような痛さが胸を襲い思わず眉を寄せた。 …嫌な痛さがじわじわと全身に広がる感覚がした。 柳君は優しい。初めて出会った時から柳君に対するその印象は変わってない。 高一の時、たまたま同じ委員会で知り合った時から何かと面倒を見てくれて、お互い別々の委員会になってからも廊下などで擦れ違う度に声をかけてくれたり、目が合ったら笑いかけてくれたりした。委員会という接点が切れたらそれまでだと思っていたのに。 柳君は私と穏やかな関係を続けてくれた。 だけど、私が斑類に仲間入りした事によってその関係は急激に変わって、たまに会ったら話す程度なんていう簡単な関係じゃなくて、 「千秋…」 「ん…っ、やなぎ、く…」 「っ!」 ぶわっと一気に自分の顔に熱が孕むのがわかった。 そうだ。今は前と違って…その…私達は凄い関係になっちゃってる訳で。明らかに以前とはとは違う、正直私にとって今柳君は特別な感じな訳で…。いや、もしかしたら柳君は何とも思ってないかもしれないけども…っ! でも私はそんな冷静じゃいられない。 だって、だって、ちゅ、ちゅーしちゃってるし…っ! 「キャッ!破廉恥!!」 私は柳君との口づけをちょっぴり思い浮かべて、すぐにそれを手で散らすように払い消すと真っ赤になって顔を両手でバシンッと覆った。 「うは〜…っ!!」 私のファーストキスは柳君だ。そしてその初ちゅーから今日まで毎日ちゅーしてる訳で…。 初めての事ばかりでドキドキしてて、触れ合う度に私は柳君の事しか考えられなくなってきていた。柳君の事ばかりが私を支配する。 でも、柳君は日高さんと付き合っていた。いや、2人の会話を聞く限り付き合ってはいなかった、のかな…。真実はわからない。 けれど友達とか知り合いっていう関係ではないとすぐにわかった。 柳君と日高さんは多分、キス以上の関係。 「っ」 そう思った瞬間またズキンと胸が痛んだ。 するとまたぐるぐるぐるぐる。 疑問ばかりが頭をめぐる。 なんでそういう人がいるのに私にキスするんだろう。そりゃあ私が先祖返りのフェロモン垂れ流しで困っているのを助けてくれる為なんだろうけど、やっぱりそこはいい気分はしない。 頭ではわかっていても心が付いて行かない、そんな感じ。 幸村君に柳君達の事が「気になる?」って聞かれて本当はすぐに頷いて肯定したかった。でも素直に肯定するのは何か違う気がして誤魔化して逃げてきた。 だって私は柳君の彼女でもなんでもない。 私が深く聞けるような事でもない気がしたんだ。 こんな調子で昼休みに柳君と日高さんを見てからもやもやしたものが私の心をずっと支配していた。 「あ〜ぁああっ!何だかなぁっ!」 私は身体の底から不満をぶちまけるように声をあげ再び花壇の前にしゃがみ込んだ。 と、ほぼ同時に私の足もとにこつんと何かが当たった。 「ん?」 足元を見てみるとそこにはテニスボールが。 私がいる中庭からテニスコートはまぁまぁ近い。恐らく誰かが打ち損ねたか何かしたボールがここまで飛んできたんだろう。 ボールを拾い、届けた方がいいのかどうかと悩んでいた時、背後から「あっ」と声がして振り向くとそこにはテニス部のジャージを着た男子が1人立っていた。 あ、この人は…… 「えーっと、そのボール…」 「え、あっ、これ、さっき転がってきたの」 慌てて立ち上がり、どうぞ、とテニス部員にボールを手渡した。 目の前の彼は「サンキュ」と言って受け取ると小さく笑った。 「悪いな。このボール、ブン太ので俺がミスしてホームラン打っちまってよ」 「あ、そうだったんだ」 確かによく見ると下手な字で『まるい』と書いてあった。 くすりと笑うと目の前の彼にじっと見られているのに気づき首を傾げた。 「ん?」 「お前、アレだろ。美村、だろ? 今噂の先祖返りの。ブン太と赤也に聞いたぜ。ちなみに俺は…」 「あ、うん、知ってる。丸井君の相方で猫又のジャッカル君だよね?丸井君と赤也君と私とジャッカル君は同じ猫又なんだぜーってこの前丸井君が言ってたから」 「アイツそんな事言ってたのかよ」 「それにテニス部は立海一有名な部活だからね。特にレギュラーは」 だから元々知ってたって言えば知ってたかな、と言えばジャッカル君はそうかと納得したように苦笑した。 「あ、そういえば美村は柳と付き合ってるんだろ?昨日一緒に帰ってるのたまたま見たぜ」 「え」 何気なく聞かれた事に私は一瞬戸惑い、 「いや…、柳君と私はそんな関係じゃない、よ」 何となく気まずくなってゆっくり視線をさ迷わせてから、あはは…、と誤魔化すように笑った。 私の答えとその態度に驚いたように一瞬目を見開くと「そうだったのか、なんか悪い…」と何かいけない事を聞いたのかと勘違いしたのか、ジャッカル君は申し訳なさそうに謝った。 「いやいや、そんな!ジャッカル君が謝る事じゃないよ!」 「いや、でも何となく。お前ら本人から直接聞いた訳でもねぇのに付き合ってるとかって勝手に思ってたし…、それに何か聞いた途端お前沈んだ気がしたし」 「そんな事…」 ない、とは言い切れなかった。 「あー…今ちょうど休憩中だし、俺でよかったら話聞くぜ?今日初めて会うけどブン太と赤也から話聞いててお前がいい奴だってわかってるし同じ猫同士のよしみとして、な。なんか変な話だけど」 ジャッカル君はハハッとはにかむように笑顔を見せた。その笑顔と心遣いに心の弱った私は「ジャッカル君…っ!」と不覚にも泣きそうなくらい感動してしまったのである。 |