Episode1 | ナノ



梅雨は一体どこへやら。

本日は青空が広がる快晴なり。

そして幸村君もこの快晴と同じくらいすこぶる絶好調なり。



「全っ然、ダメ。まるで出来てないね。これ言うの何回目?3回目だよね?いい加減殴るよ」

「す…、すみませ…っ!!」

「じゃ、もう一回ね」



むしろ絶好調過ぎて…、笑顔が怖過ぎて…


「は、はいぃぃぃいい…!!」



私泣きそうです…。











弾丸とキスマーク












「ふう…中々出来ないもんだね」

「おおう…、出来の悪い子ですいません…」

「違うよ、美村さんのせいじゃないよ」

くすりと幸村君が笑う。

「でも…」

アンタさっき殴るって言うたやん…!!

めっちゃ怖かったんですけどー!!

現在お昼休み。今いる場所は学校の屋上。
私と幸村君、そして柳君の3人でいる。何故3人で屋上にいるかというと、ついこの間『斑類』に仲間入りしたばかりで"魂現"を消したり先祖返りの強い"フェロモン"などを制御出来ない私を2人が指導してくれているのだ。指導が始まって約数分、私はしゅんと佇み、幸村君はフェンスに背を預けながら溜息を吐きだし、柳君は幸村君から2歩くらい離れたところでノートを片手に何かをそこに書き込んでいた。なんかカオスなんですが私には何も言えない。

「まだ練習を始めて三日目だ。そんなにすぐ出来るはずがないのだから気に病むことはない」

「ありがとう柳くん…!」

柳君の優しい言葉に私は涙しそうになった。
そう、訓練を始めて三日目。柳君から幸村君はスパルタだと聞いていたけどまさかここまでとは思わなかった。もうね、幸村君すごいから。笑顔で私の心をフルボッコにしてくるからね!!

「うあー!もう魂現消すの難しいよー!柳君とか幸村君はどうやってるの?」

色々考えたり集中してたりしたので肩が凝り私はほぐすように痛む肩を押さえ首を回しながら2人に聞いた。

「……それは一番難しい質問だね」

「え?」

苦笑した幸村君を見て私は首を傾げた。
そして柳君が言葉を続けた。

「そもそも俺達は千秋のようにある日突然斑類になった訳じゃない。この世に生まれた時から斑類だったんだ。魂現を消すなどの事は練習するまでもなく物心つく頃には既に身についてるものなんだ」

「そう。だからそれを改めて人に教えること自体が難しい事なんだよ」

「そっか…。でもさっきまで幸村君色々教えてくれてたよね?訳わかんない擬音がすっごい多かったけど。スッとしてフッ!みたいなふざけた感じ。まさかとは思ってたけど適当とかじゃないよね?」

「あはは!適当に決まってるじゃない。感覚で教えて出来たら儲けもんかと思ってね。でも全然出来なかったね」

「あははじゃないよ幸村君!アンタとんでもない男だな!」

ひでぇ!じゃあ何か?!こういう事?!

適当に言って出来ればいいな→コイツ中々出来ないな→ちょっとイラァ→何回同じ事言わせんだこの野郎殴るぞコラ→現在

みたいな?


チラリと幸村君を見ると心を読んだかのように肯定するが如く可愛い子振りながら「てへ」と笑った。

「てへじゃないよ!可愛くないから!いや、可愛いけど!!」

なんて奴だ幸村この野郎!!

そして私ははたとある事に気付いた。


「…まさか柳君も幸村君がふざけてるのを知りながら黙って見てた…、とか言わないよね…?」

「精市がここまでふざけてるのを見るのは久しぶりだからな。俺も楽しませてもらった。礼を言う」


何の礼?!

だめだ、この2人意外と遊び心満載のおちゃめな人達だ…!!自由人過ぎるよ…!!


「ていうかさ、もうさー魂現とか自分で消す練習とか面倒だからよくない?もうさー蓮二とヤっちゃえばいいじゃん、その方が楽だし、っつーかヤっちゃえよもう」

「急に投げやりだな!しかも軽い!幸村君発言がめっちゃ軽いよ!ふわっふわしてるよ!!」

どうでもよさそうな顔で自分のネクタイを指に巻き付けくるくると回しながら遊ぶ幸村君に丁寧に斑類の事を説明してくれたこの前までの彼は何だったのかと心の底から思った。前の幸村君カムバック。


「まぁふざけるのはここまでにして、」

パタン、と私と幸村君の会話を遮るように音をたててノートを閉じた柳君は私を見た。

「とりあえず今日はここまでで本格的な指導は次回からにしよう。次は新しい助っ人も呼んであるから少しは進むだろう」

「私の中では既に二日前から君達の本格的な指導が始まっている予定だったんだけどね」

「ちなみに次も昼休みに屋上に集合だ。また追って連絡する」

何でだろう。私よくスルーされる気がする。でもめげないもん!ぐすん。

「じゃあそろそろ教室に戻ろうか。あと少しで昼休みも終わるしね」

幸村君が見ていた腕時計から顔を上げ、もたれていた背をフェンスから離した。

そして3人で屋上を出ようとした時だった。




「蓮二!!」




突如女の人の高い声が屋上に響き渡った。しかもその声は怒りを含んでいるようにも聞こえた。
びっくりしてその声のした方を見ると屋上の扉を塞ぐようにして1人の女子生徒がそこに仁王立ちしていた。とても美人な子だ。それに見覚えがある。
直接の面識はないが、恐らく彼女は去年の文化祭でミス立海に選ばれた同学年の…

「日高さん…?」

ぽつりと呟くとミス立海の日高さんはキッと一瞬私を睨んでからずんずんと大股で柳君に詰め寄った。

「ちょっと蓮二!!どうして最近電話に出てくれないの?!しかもずっと休んでたのにこの間から学校に来てただなんて私聞いてない!!」

「別にわざわざ言う事でもないだろう」

「(えっ?えっ?)」

私は目の前で繰り広げられている事に目を見開いた。
怒りを露わにする日高さんに、心底鬱陶しそうに溜息を吐きだす柳君。

え、え?何これ、もしかして、っていうかもしかしなくともこれは男女のもつれってヤツですか…?

それに、こんなに嫌悪感を露わにする柳君を見たのは初めてだ。


「しかも!この女、最近噂の先祖返りよね?!」

突然日高さんにビシッと指をさされ私は全身でビクッとした。

「ねぇ!何でこの子から蓮二の匂いがするの?!まさかこの女と寝たとか言わないでしょうね?!」

「寝…っ?!」

綺麗な顔していきなり何を言うのミス立海の日高さんんんん!!
寝てない寝てない!!と否定する暇もなく

「もしコイツと寝てたとしてもそんな事お前には関係ないだろう」
「な…っ!!」

「(えええええええ!!??)」


ちょっと何この会話!ど、どうなってんの?!

もう私の頭はパニックだった。


すると柳君が「精市」と傍らで事を見守っていた幸村君をちらりとアイコンタクをするかのように何か言いたげな目で見た。
幸村君はそれを受け取ると「ハイハイ、」と肩を竦めて苦笑した。きっと2人だけにわかる目だけの会話だろう。

「美村さん、行こっか」

「え、でも…」

「いいから。先に行こう」

ね、と幸村君に微笑まれて背中にそっと手を添えられ屋上の外へと促された。
素直に従って歩いていたけど気になって後ろを振り返ると、私の視線に気づいた柳君は小さく笑ってくれていた。

「(あ…)」

その笑顔を徐々に消すかのように柳君と日高さんを残したまま、屋上の扉は重たい音を立ててバタン、とゆっくり閉まっていった。


















「あーあ、蓮二も大変だ」

ふふっと笑って幸村君は私の背に添えていた手を離した。
屋上に続く薄暗い階段で私は2段上にいる幸村君を見上げた。

「さっきの人って、ミス立海の日高さん、だよね…?」

「うん、そうだね」

にこりと笑って幸村君は私を見おろす。

「…日高さんって、」

「ん?」




「…日高さんって柳君の、彼女、なの…?」




何故か、何故だかその言葉を口にした途端心臓が嫌な音をたて騒ぎ始めた。
というか屋上に2人を残していく時点で嫌だったのだ。扉が閉まる瞬間に強く、強くそう思ったんだ。

柳君と彼女を2人きりにしたくない、って。

でもさっきの会話を聞いたらあの2人はただならぬ関係だという事がわかる。


けど、


心がそれを拒否する。



でも現実は




「そうだね、ハッキリした事は俺の口からは言えないけど、





まぁ…、そんな感じなのかもね」









――瞬間、唇に柳君と交わした口づけの感触が蘇った。


この前の雨の日から今日まで、一人で帰るのは危険だからと言って柳君が家まで送ってくれた。その度に物陰に隠れるようにひっそりと、キスをした。

三日に1度くらいでいいど言われたキスだけど、柳君はさり気なく私を抱き寄せ、私を見つめる。そして、何度かゆっくりと私の頬をあの細くて長い指で撫でたあと、そっと唇を重ねる。隙間なんか1ミリだってないくらい、吐息すらも逃がさないとばかりに、しっかりと重ねるのだ。


交わした口づけは数えられるほどだけど、もしかしたら







――もしかしたら愛されているんじゃないかと、







そんな勘違いしてしまいそうなくらいの、優しいキスだったから。





だからと言ってショックを受けるのはお門違いなのだという事は分かってる。

十分過ぎるほど分かってるけど、それを嫌だと思ってしまっている私がここにいるのだ。





「…あー…はは、そ、そっかぁ、そうだよね。ってか柳君に彼女いない方がおかしいよね。何言ってるんだろうね私ってば、…あはは」

私は何かを誤魔化すように笑ってみせた。



すると幸村君が、




「気になる?」



「え?」



「蓮二の事、気になる?」



首を傾げていつもと違って優しく微笑んで私を見つめる幸村君に、ぎゅっと心臓が掴まれたように痛くなった。






「それ…、は…」







私は自然と掌を強く握った。










花がまばたく、吐息が綻ぶ

(私を支配するこの感情はなんなのだろう)



2013.08.15 satsuki