しとしとと一生懸命降る雨の中、私は柳君と1つの傘に入り家までの帰り道を歩いていた。一通り話が着いた時タイミングよく6時限目の終わりを告げるチャイムが鳴り、みんなそのまま解散した。 「家、逆方向なのにごめんね…私が傘を忘れちゃったばっかりに遠回りさせちゃって…」 体調大丈夫?と柳君を見上げた。 「あぁ、大丈夫だ、気にするな」 柳君は小さく笑って答えてくれた。その言葉通り、ちらりと盗み見た柳君の顔色は多少良くなったような気がした。柳君は斑目の蛟(みずち)で水中系の両親から産まれた子は自律神経が酷く弱い場合があるらしく、柳君もその中の一人だった。けれど話に聞く限り柳君はまだマシな方らしく、同じテニス部の仁王君(直接の面識はないけど有名なので名前は知っている)はメチャクチャ自律神経が弱いらしく梅雨に入った途端動けなくなるくらい酷いらしい。ちなみ今日はこの雨天の為テニス部はお休みなので丸井君と赤也君は仁王君の様子を見に行くと言って帰っていった。 そういう話を聞くと斑類も色々大変なんだなぁ…としみじみ思ったりしてみたりして。でも仁王君も柳君も大変かもしれないけれど私だって今とても大変だ。まさかこんな事態になるとは。人生何が起こるか本当に分かんないもんだな…。 そう思うと自然に溜息がもれた。 「…今日1日で教えられた事が沢山あって大変だっただろう。大丈夫か?」 「うん…、大丈夫だけど、いまいちまだ実感が沸かなくて…」 私は苦笑した。というか苦笑するしかなかった。 「でも知れて良かったと思う。3日前から突然見えるものが変化して、びっくりした反面、実はちょっと怖かったの。もしかして一生このままなのかなって…。けど柳君や幸村君達が色々教えてくれたおかげでそういう事だったんだってひとまず安心できたから。もしも柳君達がいてくれなかったらきっと私おかしくなってたかもしれないもん…だから、本当にありがとう」 心からの感謝の言葉だった。一人でこんな事実をずっと抱えていられるほど私は強くなんかない。だから、本当に感謝しかないんだ。 へらっと笑ってみせると柳君は顔をそらすようにさっと前をと向いて「礼を言われるほど大した事じゃない」と言った。 「そんな事より明日からの昼休みは力をコントロールする為の特訓だからな」 「は…っ忘れてた…!」 「お前な…」 「ねぇねぇ、特訓って難しかったりする?」 「さぁな。明日実際にやってみないとわからないが精市は笑顔でスパルタだから覚悟しておいた方がいいぞ」 「残念ながら何となく想像ついてます。だって今からとっても嫌だもの」 今日1日で分かったけどあの人そんな感じする。全身真っ黒な気がするもの。 そう言ったら柳君は少し笑った。 「あ、私の家ここなの」 そうこうしているうちに私の家に着いた。住宅街の隅にある家。柳君は私の家を見上げ「ほぅ」と声をもらした。私の家は建売の家を購入した為、築年数も結構ありちょっと小さめで、今どきの大きくて玄関が広い家ではなかった。 「なんか恥ずかしいな。古いでしょ、うち」 あはは、と苦笑した。 「いや、そんな事はない。濡れるから中まで送る」 「ええ?!いいよ、悪いよ!遠回りまでさせといてそんなご丁寧にそこまでしてくれなくても…っ」 「ここまで来たんだ、どうせなら最後まで送らせてくれ」 「う…っ」 私は少し戸惑った。 正直、私は産まれてこの方ここまで丁寧に…、というか何というか、ここまで女の子扱いされた事はなかった。玄関までたった数メートルなのに。少し濡れるくらいなのに。雨が当たらないようにちゃんと最後まで送ってくれようとしてる人なんて初めてで。 でもそれは柳君の性格なのかもしれない。きちんとしてる人、だから。きっとみんなにしてるんだろうなって。 わかってる。わかってるけど、たったそれだけの事で私の胸はドキドキとしてしまい、どうしても嬉しくなってしまう。 「えっと…、じゃあ…、お願いします」 ぺこりと頭を下げる。それを見て柳君はふっと笑って「あぁ」と満足そうに笑った。 ところが。 「…はっ!」 「どうかしたか?」 私は自分たちが歩いてきた方向にバッと勢いよく目を向けた。 目を凝らしてよく見ると2人の女の人が見える。 「…そうなのよー」 「えーそれ本当なの?」 「「アハハハ!!」」 耳を傾けると微かに談笑する声が。その声には聞き覚えがあった。しかもこちらに近づいてくるではないか。 「やっばい!柳君ごめん!急いでうちに入って!」 「は?」 柳君は訳が分からない、という顔をしたがそれに構っている暇はない。 私は柳君の手を引き玄関前に行くと大慌てカバンから家の鍵を出し、開けると柳君を半ば突っ込むようにして玄関内に入れた。そして私も飛び込むように中に入るとガチャリと施錠した。 「ハァハァ…ッ」 鍵を開けて家の中に入っただけなのに酷く疲れ肩で息をした。 「ご、ごめんね柳君…!暫くここに避難してて…っ」 「避難?一体どうしたんだ」 柳君は閉じた傘を玄関の隅に立てかけ、私を見た。 外からは2人の女性の喋り声が聞こえる。 「実はあのおばさん2人、すっごい噂好きでね。もうなんでもかんでも喋っちゃって…だからここで柳君が見つかったらある事ない事絶対近所中に噂流すだろうからさ…ホンっトごめん!暫くここで身を隠しててー!」 「なるほど、そういう事なら仕方ないだろう」 「こういう住宅街ってある事ない事色んな事すぐ広まっちゃうから…」 ハァ、と思わずため息をもらす。柳君をあのおばさん2人の餌食にさせる訳にはいかない。 「あ、柳君折角だから上がって行って?急に慌てちゃったから少し雨で濡れちゃったし冷えると大変だもんね」 「いや…それより家の人はいないのか?」 玄関から上がろうとする私の腕を掴んで柳君が引き留めた。 「あ、うん。今日お母さんは友達と東京の方に舞台見に行ってて、お父さんは出張中なの。だから気にしないで上がって大丈夫だよ?」 けれども柳君は首を縦には振らず横に振った。 「なら尚更家の中には上がれない。ここでいい」 すぐに噂好きの2人も通り過ぎるだろう、と言って柳君は玄関の壁に背を預けた。な、何で…? 「え、だ、大丈夫だよ?昨日掃除したばっかだから汚れてないと思うし…」 「いや、そういう事じゃない。とにかく俺はここで平気だ。気にしないで中に入って構わない」 「いやいやさすがにそういう訳には…!あ、でも ちょ、ちょっと待っててね!」 私は柳君に背を向けると広くはない廊下を駆け、お風呂場の引出しから大きめのタオルを1枚持ち出し柳君のいる玄関に戻った。 「身体冷えると大変だよ、濡れたところこれで拭いて…?」 嫌がる人を無理矢理家の中にあげる訳にはいかないけど、さすがに濡れたままにはさせておけない。 この前の休みに買ったばかりの新しいタオルを差し出すと柳君は「すまない」と言って受け取ってくれた。 「それにしても中々声が離れていかないね…」 私は不審に思い、突っ掛けを履いてドアの覗き窓から外の様子を伺った。 すると噂好きのおばさん2人はなんとうちの前で雑談を繰り広げていた。 「さ、最悪だ…雨が降ってるってのにうちの前で立ち話始めちゃってるよー…、ごめん柳君…こうなっちゃうと結構長いかも…」 「そうか」 …参ったな、 柳君はタオルで濡れたワイシャツを拭きながら呟いた。 それを聞いてしゅん…と気分が沈むのを感じた。 柳君には本当に悪い事をしてしまった。私は冷たいドアに手をついて俯いた。 そうだよね、参っちゃうよね。わざわざ家に送ってくれた上にいきなりうちの都合で入りたくもない家に無理矢理入れられて…。 本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。 「……言っておくが、別にお前の家に入りたくない訳じゃない。勘違いさせてしまっていたらすまない」 「え?」 私は顔をあげ柳君の方に振り返った。 「千秋が思うよりよっぽど先祖返りの匂いは強い。今は多少紛れていても完全に消えたわけじゃない。その匂いはどうしても人を誘う」 「え…っと…?どういう、事…?」 柳君の言いたいことが分からず私は困惑しながら柳君を見上げた。 「…つまり、1歩でもこの中に足を踏み入れたら俺はお前に何をするかわからない、という事だ」 「ひあっ!」 突然柳君に腕を引かれたと思ったら私の背中は壁に押し付けられていた。 間近で私を見つめる柳君の目には微かな熱が孕んでいて私の身体は金縛りにでもあったかのように動けなかった。 「今だって必死に抑えようとしているのに、それすらままならない」 「んう…っ」 私の耳にかかる髪をさらりと手でよけ、あらわになった耳に唇を近づけそう囁いたと思ったら既に私の唇は柳君によって奪われていた。 それは荒々しさすら感じるキスで、息継ぎが出来ないくらいの口付けに呼吸が苦しくなった。 「ふ…っ…」 少しでも息をさせてもらおうと柳君の身体を押すもその手を掴まれ壁に押し付けられるとキスは更に深いものへと変わった。 けれどその一瞬の隙を見て口を開けるとその隙間から何かぬるりとした肉厚のものが口内へと侵入してきた。一瞬それが何かわからなくてビクリとするがすぐに柳君の舌だとわかって私の身体は一気に熱を上げた。 「ん…っ、はぁっ」 少し唇が離れてもまたすぐに塞がれる。荒々しくも強くて優しいキスに頭がくらくらとしてくるのを感じた。 「ん…っやな、ぎく…っ」 「千秋…っ」 柳君の匂いとキスでくらりとする意識の中、こういうキスを私は柳君とこれから定期的にしていくんだと思ったらおかしくなりそうだった。 でも考えたのはそれだけで、それからはもう何も考えられないくらい柳君のキスに溺れていった。 私が斑類に仲間入りして3日。 これから一体私はどうなる事やら、それはきっと神のみぞ知る事だ。 きっとわたし、黄金色の夢を見る 2013.08.01 satsuki 加筆修正 2013.11.21 |