いざよふ

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 山崎の予感は当たったということになるのだろう。外の見張りを頼まれた時から、嫌な予感はしていた。
 おまけに山崎とも連絡が取れない。何度携帯を鳴らしてもうんともすんとも言わないのだ。
――近藤さんが危ない
 沖田の勘が警鐘を鳴らす。それに従うことに、なんの疑問も持たなかった。近藤の元へ向かうと、今まさに近藤を暗殺せんと殺気だった連中が彼を取り囲んでいる。
 伊東が沖田のことを土方派だのなんだのとほざいたが、そんなつもりは毛頭ない。自分はいつだって近藤に着いてきたのだ。だから、その近藤を傷つけるものは誰であろうと容赦はしない。それがたとえ昔からの仲間であろうと。
 沖田は懐に忍ばせていたスイッチを押した。その瞬間列車が揺れ、辺りが暗転する。いざという時のために、しかけていた爆弾を爆破させたのだ。
 その隙に乗じて近藤を他の車両に移し、その結合部を破壊した。近藤は何か叫んでいるが、聞く耳を持つ気はさらさらない。今の状態で一番重要なのは近藤の無事だ。
 伊東(キツネ)すら懐に入れてしまうほど優しすぎる彼に、これ以上傷ついて欲しくなかった。恐らく、近藤はそれでもなお伊東を許すのだろう。
 だからこそ、自分が要る。
 沖田は再び伊東たちがいる車両へと戻った。


◆◇◆


 その場にいた隊士たちは沖田から発せられる気に圧倒され、刀を強く握りしめた。その体は沖田総悟という男の存在に気圧され堅くなっている。
「圧倒的に力の差がある敵を前にした時、その実力差を覆すには数に頼るのが一番だ」
 自分が放った言葉に誘われるように、数人の隊士たちが前進した。完全に沖田という存在に呑まれてしまっている。
「呼吸を合わせろ。心体ともに気を練り最も充実した瞬間、一斉に斬りかかれ」
 まるでそれが合図だったかのように、沖田の前にいた連中が一斉に彼に向かって飛びかかった。
 しかし、それは罠だ。
「そして……」
 目にも止まらぬ速さで沖田が刀を抜き、一閃を走らせた。
「死んじまいなァ」
 唇についた血をペロリと舐める。
 沖田が放ったその一振りは、ほんの一瞬で車内を地獄絵図と変えた。
 彼の初撃から逃れた者が、すかさず後方へと引く。
 この狭い車内では、大勢で動くのは逆に不利である。人数で圧す際に有利だとされる、多方向からの攻撃がかなわないからだ。しかも人数が多い分、動きが制限されてしまう。
 だからこちらとしては、先ほどのようにたった一撃で多くを仕留めることが出来る。
 生き残ったのは沖田の誘導に乗らなかった数人だけだ。
――やっぱりそう簡単には行かねェか。
 前方から上段に打ち込んできた元隊士の懐に入り、胴を斬る。その一瞬を狙って打ち込んできた数人の隊士の連撃を刀全体で受け止めてから一歩引いていなし、怯んだ隙に全員を斬り伏せた。
 残るはあと一人だ。
「やっぱおめェ、強ェな」
 先ほどから隙を窺うだけで斬りかかろうともしない奴がいることは分かっていた。そして、それが誰なのかも。
「なんでィ、ビビっちまって動けねェのか、藤堂」
「まさか。邪魔な奴らがいなくなるの待ってただけだ」
 そう言って笑みを浮かべる男は藤堂凹助。真選組8番隊隊長である。
 外見は沖田に負けず劣らず小柄で、礼儀を重んじる一面もあるが、やることは時に沖田よりも荒っぽい。
「そんなんじゃ、魁(さきがけ)先生の名前が廃るぜィ?」 彼とは真選組結成以前からの付き合いだ。よく一緒に剣の稽古をしたり、土方にいたずらをしたりしたものだ。
 だが、だからといって手を抜く気はさらさらない。沖田は血振いすると、藤堂の方に向き直った。
「はっ。こんな狭いとこで、しかも足手まといと一緒にてめェとやりあっても、勝てる気がしなかったもんでな」
 そう言うと藤堂は刀に手を掛けた。
「よく分かってんじゃねェか」
 沖田も再び刀を構えた。だがどちらも動きを見せようとしない。
「斬る前に聞いとくが、副長呼んだのはお前か?」
「まさか。そんなワケねェだろィ」
 本当なら山崎が来るはずだった。何度も連絡は入れた。ヤツなら来る。それなのに来ないということは、来られない状況にあるか、もしくは。
――人の許可なく死ぬんじゃねェぞ、山崎。
 先ほどもてっきり彼が来たのだと思った。だが潰れたパトカーに乗っていたのは、何故か制服姿の万事屋たちと、よく見知った男だった。
 そのまるで戦う気のない姿を思い出し、沖田は軽く歯噛みした。
――藤堂を見張れって言ったのは、あんただろィ。
 伊東を近藤に紹介したのは藤堂だ。だから土方は藤堂も警戒していた。だが監視は山崎のみが行い、他の者にも藤堂に裏切りの疑いありと知らされていない。もちろん、近藤にも。
――あんたも大概、バカなんでィ。
 昔の仲間だの、そんなものに拘らなければいい。敵は敵なのだ。
「んじゃ、やりますか」
 まるで稽古に誘うように軽く言うと、藤堂は沖田に上段から斬りかかった。それを後ろに下がってかわし、こちらも頭上から斬りかかる。
 だが藤堂もそれを読んでいる。素早く頭上に刀を戻し、沖田の刃を受けた。だが、体勢的にはこちらが有利だ。
「なんで伊東の野郎についた」
藤堂は利で動くような男ではない。むしろ自分と同じく、感覚で生きているような男だ。近藤を慕っていたのもまた事実。なぜ彼が伊東についたのか、どうしても理解出来なかった。
「さあて、な」
 体勢的には不利だというのに、藤堂は沖田の剣を力ずくで振り払った。
「おめーがオレに情を感じてるたァ、意外だな」
「勘違いすンじゃねェ。単なる興味でィ」
 近藤を裏切った奴に感じる情など、あいにくこちらは持ち合わせてはいない。
 沖田と藤堂は再び刀を構えた。
 恐らく、次の一撃ですべてが決まる。それを肌で感じた。
 お互いに隙を窺っているが、その表情はどちらも楽しそうに口元を歪めている。別に高揚感を感じている訳でも、滑稽に思っている訳でもない。それなのにどこかおかしみが込み上げてくる。
 2人とも笑みを浮かべたままピクリとも動かない。車内は蒸せ返るような血の匂いと相まって、異様な空気が流れている。
 勝負は一瞬だった。2人はほぼ同時に動くと、唸り声を上げながら相手に斬りかかった。

 グシュッ

 藤堂の刀が沖田の腕を斬りつけた。生ぬるい液体が痛みを伴って流れ落ちる。しかも利き手だ。
 だが沖田は負傷した箇所を庇うでもなく、そのまま油断した藤堂の背後を後ろ手に斬りつけた。
「ガッ……――」
 藤堂の体躯が倒れていくのが、やけにゆっくりして見えた。まだ息があるらしく、その体は荒い息を吐いて上下している。
――止め刺さねェと。
 だが斬られた腕を無理に使ったせいか、思うように動かない。沖田は舌打ちして刀を左手に持ち替えた。
「悪ィ、こんなことに……なっちまっ……」
 その首にまさに刀を突き刺そうとした時、荒い息の下で藤堂が笑った。
「あんた――」
「あの人を真選組に誘っ……のは、オレだ。だから……」
 これが彼なりの責任の取り方だというのか。――馬鹿だろィ。
 伊東は彼が別の道場に通っていた頃の兄弟子だと言っていた。恩がある、とも。 藤堂は分かっていたのかもしれない。沖田を連れてこれば、必ず近藤暗殺を阻止しようとすることを。
 伊東に沖田を巻き込むよう強く進言したのは藤堂だという。近藤暗殺を阻止し、尚且つ、伊東に手を貸す。それが彼なりの義理の通し方だったのだろうか。
「あーあ、負けちまった……な……――」
 それが彼の最後の言葉となった。
――行かねェと。
 右腕を庇いながら、車両の外へと向かう。
 外を見ると銀時たちや土方以外にも、真選組隊士たちが駆けつけて来ていた。ならば近藤はきっと無事だろう。
 と、その時、外から聞き慣れた騒がしい声が聞こえてきた。土方と万事屋の所の少女だ。
――何やってんでィ。
 彼らを読んだ覚えはない。だとしたら土方が頼んだのだろうか。
 痛む腕を庇いながら、沖田はいつも通りに戻ったらしい土方を見やって目を細めた。近藤も一緒のようだ。
 とその時、少女と土方へ斬りかかる人影が目に入った。それを視界で捉えた瞬間、沖田は怪我も忘れて斬りかかった。
 敵はすべて葬り去る。それがたとえ昔の仲間であろうと。
 右腕がズキリと痛んだ。それとは別に、同時に走った胸の痛みには気づかないフリをした。


《終》




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タイトルは、新選組の藤堂平助の辞世の句「益荒男の 七世をかけて誓いてし ことばたがわじ わが大君のため」から。先祖七代賭けて(お守りすると)誓ってきたのだ。その言葉を違えず私もあなたに忠義を尽くしましょうくらいの意味です。
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