交わらない


あなたを傷つけるのは、いつだって僕であってほしい。

そう思う僕は、歪んでいるんだろうか。



「むしろ歪んでる以外の何物でもないよ」
「な、なんですか、いきなり…!」
「いや、返事が欲しいのかなと思って」
「…読者じゃないんですから、僕の独白を読むのはやめてください」
ごめんごめん、と笑う葉月を一睨みし、僕は書類に向き直った。
仕事に集中してないから、今と関係ないことを考えてしまうんだ、と心の中で自分を叱責する。


それというのも、なぜ僕がこう思ったのかと言えば、先ほど廊下で見かけた彼女に原因があるんだろう。

いつになく暗く、まるで涙を堪えるように唇を噛みしめていた。
その彼女の正面に立っていたのは、幸人。

胸がざわつくと同時に、僕は2人に背を向け、早々とその場から立ち去っていた。


思うに、幸人が何かを彼女に言い、そのことが彼女に何らかの作用を起こしたのだろう。
肩を落としたあの姿は、見るに耐えないものだった。
いつもは自分がさせているくせに。
他人がしているところを見て、それが幸人であっても、こんな気持ちになるなんて。

僕は、勝手だ。


「…職員室に行ってきます」
考えを振り切るように、僕は立ち上がる。
「あ、じゃあこれもお願い。あと、幸人捜してきて」
「え…」
「幸人じゃないとわかんないやつがあるんだよね。だから、よろしく」
「…はぁ」
僕の気も知らず、何枚かの書類を差し出しながら仕事を進めていく葉月。
気づかれないように小さくため息をつき、僕は生徒会室を後にした。



「…あ」
しばらく歩いたところで、前方に幸人を見つける。
生徒会室に向かう途中なのか、手にはプリントの薄い束が握られていた。
じわりと胸に広がる嫌な感覚を無視し、幸人に片手を上げて近づいていく。

「幸人」
「職員室か?」
「ええ。幸人がいなくて、葉月が困ってましたよ」
「…そうか」
ぽつりと呟き、幸人はいつもと変わらない様子で僕の横を通り過ぎていった。

そう、変わらない。
彼女をあんな顔にさせて。

普通、だなんて。


「…幸人はあんなことしなくていいんです」
思ったよりも低い声に、僕自身が驚く。
背後で廊下がキュッと鳴り、幸人がこちらを振り向いたのがわかった。
「ああして彼女を落ち込ませるのは、僕だけでいいんです」
「…京一?」

…何を言ってるんだ、僕は。

敵対している彼女のことなんて、落ち込んだって関係ない。
少なくとも、以前の僕にとってはそうだった。

以前は。
でも、今は?

彼女の笑顔は望めなくても。
僕がその心を一時でも支配できるなら、手段なんか何でもいい。

譲れないんだ。

それは例え、幸人でも。


「…幸人が手を煩わせるまでもありません」
「…」
僕の心を見透かすかのように、幸人はじっと僕を見つめる。
「…嫌われたいわけではないんだろう」
「そ、れは…」

「今さら、素直にはなれないか」

そう呟き、幸人は僕に背を向けた。
今度こそ遠ざかっていく足音を聞きながら、僕は職員室へ向かって歩みを進める。
すれ違う生徒たちの声が、なぜか遠くに聞こえた。


素直になんて、今さらなれない。

だから僕は、違う方法で。
違うやり方で。
彼女の中に住まおうと。

たとえば、嫌われたとしても。

「…たとえば、じゃないか」

きっと、もう嫌われている。
そうなるように動いたのは自分だ。

嫌われていたとしても、それは仕方ない。



「直江先輩?」

ノイズのような生徒たちの声の中から、スッと一筋通るような声。
僕の名前を呼んだのは、正面から歩いてくる彼女だった。

「し、書類落としてますよ?」
さっきのことを引きずっているのか、少し暗い表情のまま、僕の足元に素早くしゃがみ、書類を拾い始める。

もし今、僕の気持ちを口にしたら。
なんて出来もしないことを考えてみる。

あなたはGフェスの一員。
僕はあなたたちをよく思ってない人間。

敵対している者同士。


それが僕の選んだ立ち位置。

お互い、絶対に。


「…余計なことをしないでください」




交わらない、

交われない。




(あ、お帰り幸人。お疲れだねー)
(ああ…さっき何故か相談された)
(あの子でしょ?なんて?)
(最近、京一の言動が厳しいと落ち込んでいた)
(…ねぇ、それってさ)
(京一の願望は、叶っているということだ)


end



ツンに徹しようとする直江。
直江の独白が手に取るようにわかる2人。


20110904



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