離さないで


「…しばらくは、一緒にいない方がいい」

静かに告げられた言葉に、私は小さく頷く。
どうしてですか、なんてわかりきったことは聞かない。
離れた方がいいときが、私たちにはあるのだ。

お互い相容れない団体に所属している限り、それは仕方のないこと。

一緒にいるのに、話せないことがあるのは苦しい。
だから今は距離を置く。
それが私たちのため。

わかってるけど、私は沸き上がる気持ちを隠すことはできなかった。

寂しい。
悲しい。
一緒にいたい。

どうして幸人先輩は、そんな平気そうな顔をしていられるんですか?

声には出さず、代わりにスカートをぎゅっと握りしめる。
躊躇いがちに頭に触れた手の優しさに、私はその日、最後まで幸人先輩の顔を見ることができなかった。



企画していたイベントも終わった放課後、夕陽の差し込む美術準備室。
窓の外を眺めながら、ぼんやりと今日のことを思い返す。

相変わらず直江先輩はブツブツと文句をこぼし、葉月先輩はにこにこしながら直江先輩を引きずっていた。

ただ、そこに幸人先輩の姿は見えなくて。

傍にいて、苦しかったはずなのに。

離れたら、もっと。

離れたほうが、もっと。



ガラリと背後で扉の開いた音がして、私は慌てていつの間にか濡れていた頬を拭った。
「…っ」
Gフェスの誰かが戻ってきたのかと振り向こうとした瞬間、背中からぎゅっと抱きしめられる。

力強い腕。
頬に触れるやわらかな髪。

耳の奥に響くのは、小さく私の名前を呼ぶ彼の声。

「幸人、先輩…?」
「…やっぱり、ここか…」

少しだけ乱れてる呼吸に、生徒会長である彼が、ここまで校内を走ってきてくれたのだということがわかる。
ぎゅう、と強い力で私を抱く腕にそっと手を重ねれば、幸人先輩はいっそう腕に力を込めた。

「い…」と小さく漏れてしまった私の声に反応して、先輩の腕の力が緩む。
その隙に私は身体ごと振り返り、彼の背中に腕をまわした。
幸人先輩に応えるように、力一杯彼を抱きしめる。
幸人先輩も、今度は包み込むように、優しく私を抱きしめ返してくれた。

「…腕、苦しいですか」
「いや…」
「本当ですか?」

聞きつつ腕の力を緩め、彼の顔を見上げる。
涙の痕が残っていたのか、私の目許を親指で拭い、先輩は小さく微笑んだ。


「離れてるほうが、苦しいに決まってる」


ゆっくりと塞がれた唇に、恥ずかしさよりも嬉しさが勝る。

熱い吐息に、抱きしめてくれる腕。

私を映す真っ直ぐな瞳。


そして何より、同じ気持ち。


「…私も、です」
「ああ」
「幸人先輩は…平気なんだと思ってました」
「…そんなわけ、」
ないだろう、と先輩は呟き、私の額に彼の額を合わせる。
すぐそこにある幸人先輩の表情は、少し悲しそうだった。

「ただ…見ていられなかった」
「…何を、ですか…?」
「あんたの苦しそうな顔を、だ」

ふ、と視線をそらし、私の髪に顔を埋める。

「…その反動が来た」
「反動?」

聞き返すも、幸人先輩は黙り込み、そのまま私の髪を優しく撫でた。
その心地よさに頬を擦り寄せると、探るように彼の唇が頭から耳、頬を伝い、私の唇を奪う。
後頭部を押さえられ、息つく間もない幸人先輩とのキス。

苦しいはずなのに、つらくない。
さっきまで溢れていた涙はもう、どこかに行ってしまった。

だって、こうして、傍にいる。

幸人先輩の熱を求めるように、私は彼の制服をぎゅっと握る。

「…しばらくは、離せそうにない」

それでもいいか?


幸人先輩の言葉に応えるように、私は彼の背中にもう一度腕をまわした。




離さないで、

今だけは。




(…最近の幸人、おかしいですよね…)
(ほんと、京一は幸人しか見えてないねぇ)
(…葉月は心配じゃないんですか?)
(大丈夫、明日には元通りだから)
(なぜ、そう言えるんです?)
(…生徒会長が廊下を走ってたからかなぁ)


end



自分から言い出したくせに、平気じゃなかったのは結局自分だったっていう。


20110830



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