一緒に


偶然だった。

生徒会室に持っていく書類を片手に、校内を歩いていただけで。
たとえ、生徒会室に行くにはすごく遠回りなルートであるのに、彼女の教室の前をわざわざ通ったのだとしても。

たまたま覗いた教室に、彼女がいたことは、

きっと、偶然だった。


「何をしているんですか」
教室には些か不似合いな笹の前に立つ彼女に声をかける。
夕陽の差し込む教室内を見渡してから、彼女の他に誰もいないことを確認し、そっと足を踏み入れた。
「…笹、ですか」
「た、七夕ですから」
隣に並ぶと、警戒されながらも聞こえた答えに、ふぅんと頷きながら色とりどりの短冊を1枚1枚覗きこむ。

『彼女が欲しい』

『彼と両思いになれますように』

…まぁ、七夕伝説がそういう話だからしょうがないと言えばしょうがないけれど。
「見事に色恋沙汰ばかりですね」
「色恋沙汰って…」
ふふ、と彼女は楽しそうに笑った。

いつからだろう。
こうして彼女と普通に話せるようになって、その時間がとても大切なものだと思うようになっている。
理由は、わからない。
ただそう思うだけ。

僕は、おかしくなってしまったんだろうか。

「直江先輩も書きますか?」
「…あまり聞きたくはありませんが、何をです?」
「短冊…ですけど…」
「僕はいいです」
しゅんとしてしまった彼女を横目に、このクラスの生徒のであろう願望を覗く。
彼女も七夕伝説にちなんだ願い事を書いたんだろうか。
そう思うと、何故だか胸がチクリと痛んだ。

「…?」
多くの色恋沙汰の身勝手な願望の中、不自然な願い事。

『笑わせる』

これは願い事ではなく、どちらかと言うと宣言だ。
色恋沙汰とも関係ないし、言ってしまえば七夕伝説とも関係ない気がする。
というより誰を?
匿名らしく、名前もない。
「……」
でも、この字、何処かで。

ふと左腕に違和感を感じ隣を見ると、頬を染めて僕の制服を掴んでいる彼女がいた。
「…なんですか?」
「あ、あんまり見ないでください…!」
それ私のなんです、と言った声は震えていて、本当に恥ずかしがっているのだということがわかる。
見たことのある字だと思ったら、彼女のものだったのか。
Gフェスからの書類を嫌々処理するときに、よく見る字だ。
「…あなたのですか?」
「そ、そうです…だから、あんまり…」
「誰を、ですか?」
色恋沙汰ではないということがわかり、なぜか安心したのと同時に、誰をということが気になった。
笑わせたい相手というのが、彼女にいるということなんだろう。

胸の奥が、もやもやする。

「…笑わない人じゃ、ないんですけど…」
「はい?」
「もっとこう、やわらかく笑えばいいのになって」
「はぁ…」
頬を赤くさせたまま、彼女は続ける。
「今日ぐらいはって思ったんですけど…ダメみたいです」

寂しげな声に、なぜか胸が締めつけられた。

どうしてこんな気持ちになるんだろう。
そう、思うのに。
この先を考えてはいけないような気がして、疑問を浮かべてはかき消してしまう。

どうして僕は、彼女を。
どうして僕は、彼女が。

どうして僕は、彼女の笑顔を見たいのだろう。

「…あなたが」
「へ?」
「あなたが笑えばいいんじゃないですか?」

今の僕の願いに似ている。

僕はきっと偏屈で、人を笑わせられるような人間じゃない。
幸人のような偉大さも、葉月のような明るさも、僕は持っていないのだから。

願う気なんてなかったけれど。

彼女に、笑ってほしい。

これくらいは願ってもいいだろうか。

緩む頬に身を任せて、僕は自然と浮かべた表情を彼女に向ける。
すると、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。

「ほら、もうすぐ下校時刻ですよ」
時計を見上げ、片手にある書類を持ち直す。
そういえば生徒会室に向かっていたことを思い出し、幸人と葉月の顔を思い浮かべた。
「は、はい。帰ります」
笑みを浮かべながら、彼女は言う。
「直江先輩も、生徒会のお仕事、お疲れさまです」
ぺこりと会釈をしながら僕の横を通り過ぎようとした彼女の腕を、咄嗟に掴んだ。
「え?」

そんな不思議そうな顔、しないで。
僕だって、この行動が表す意味なんて、わからないんだ。

ただ、今日は。
今日は七夕だし。
こうして、笹もあるわけだし。
短冊に書いたりはしないけれど。

色恋沙汰、とまではいかないけれども。

僕も、今だけ。
今日にちなんで。

もうひとつだけ。

願っても、いいだろうか。

「1人で帰るなら、送ってあげます」




一緒に、帰りたい。




(見てよ幸人!京一が笑ってる!)
(…あいつだって、笑うこともあるだろう)
(違うんだって!なんかこう…いつもと違うというか…)
(やわらかいな、いつもより)
(でしょ!いつもの性悪な感じがないよ、あの無自覚!)
(…お前、あいつのこと好きじゃないだろう)


end



七夕記念に。
直江先輩はやっぱり無自覚!

無理矢理になっちゃった気が…


20110707



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