強くなりたい


こんな気持ちは、要らない。

彼女と出会ってから、自分が弱くなっていくのがわかる。
今までなかったモノが、俺にはとてつもなく怖かった。

彼女を避けはじめて、どれくらい経っただろう。
その気になれば毎日会うこともできるし、その逆、会わないこともできると知った。
でも、この気持ちは消えない。
むしろ大きくなるばかりだ。

心にぽっかり穴が空くとは、こういうことなのか。

「幸人」
放課後、生徒会室へ向かう途中、聞き慣れた声に呼び止められた。
同時に彼女を思い浮かべてしまうのは、声の主と彼女に繋がりがあるからなのだと言い聞かせる。
別に、常に気にかけているわけではないのだと。
「…なんだ、棗」
「何かあった?」
「いや、何もない」
そんなはずはない。
それはたぶん、嘘だ。
わかっていながら、棗はそう聞いてきたんだろう。
「じゃあ、向こうが勝手に落ち込んでるだけ?」
「……」
「困るんだ、支障が出てる」
議事録を見せてあげたいくらいだよ、と実際はできないくせに、ため息混じりに棗は言った。

少しの沈黙のあと、窓の外に視線を向ける。
敷地内に広がる校庭で、あの日、彼女と馬車に乗った。
廊下も、教室も。
学校の中は、彼女との思い出で溢れていて。
俺のすべてが、彼女で占められている。

だからこそ、こわい。

「…強く、いようと思った」
「幸人?」
「彼女といると、強くいられなくなる自分がいた」
独りではいられないと、怯える自分がいる。
だったら、独りに耐えればいい。
今はその時で、彼女がいなくても大丈夫だとこの先思えたら、会いに行くのだと決めていた。
そうすれば、怯えながら彼女といる必要もない。

「…幸人は、どうして強くいたいの?」
「は?」
「幸人が彼女と離れなきゃいけないくらいに、強くありたい理由って何?」
真っ直ぐな瞳が、俺を射抜く。
どこか怒気を孕んでいるように聞こえるのは、俺の気のせいではないんだろう。
彼女は大事な存在だから。
俺にも、あいつらにも。

「…生徒会長を、全うしたい」
そのためには、強くいなければ。
任期を終えるまで、揺らぐことのない信念を持って。
文化祭の前と同じ気持ちではいけないのだと、思った。
それは、
「それは、どうして?」
静かに、しかしはっきりと、棗は言う。
「あんなにあっさり辞めた幸人が、どうして今になって?」
「…それは」
理由を言葉にしようとして、口をつぐんだ。

『生徒会長やってるときの幸人先輩、すごく輝いてますから…』

そう、彼女が言ったから。
言ってくれたから。
だから俺は、全うしようと。
そのために強くなろうと決めた。

この思いさえ、彼女へ繋がっている。

「彼女と離れて、強くなれた?」
ぽんと背中を叩かれ、そのまま方向転換させられた。
「幸人はもう、独りじゃ強くなれないって、自分でもわかってるよね?」
向かえと、言うのか。
彼女の元に。
「独りで強くならなくちゃいけないって、決められてるわけじゃない。誰かと一緒にいたっていいんだよ」
それは決して、弱さじゃないから。
「…僕もみんなに、そう教わったよ」

そう言った棗の言葉に、俺の足は自然と歩き出していた。

わかったことがある。
彼女と離れて、独りではなかった自分に気付き、それと同時に、失うことの怖さに気付いた。

守れるくらいに。
耐えられるくらいに強くなりたい。
そう思うばかりで、彼女から距離を置いても、強くなんかなれなかった。

独りを自覚し、『寂しい』という気持ちが生まれ、弱くなっていくことが怖かったけれど。

今はもう、迷わない。
要らない気持ちなんかじゃない。

独りではない、証だから。

そして俺は、勢いよく美術準備室への扉を開いた。




強くなりたい。

できるなら、きみと。




(棗くん、語ったね)
(うるさいよ葉月)
(すこーし惜しい気もするけどなー)
(ちょっと…)
(まぁでも、幸人が元気になるならいいや)
(…君って、幸人のこと結構好きだよね)


end



ヒロイン不在!
やっぱりメンタル弱い幸人先輩になってしまう…

20110705



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