普通は正義


「自分で言うのもなんだけど、俺って普通だと思うんだよね」
そう呟いた俺は、窓枠に片肘をついてぼんやりと外を眺めたまま、彼女の手を握る手に力を込めた。

「…孝介くん?」
「あいつらと比べて、さ」
視線の先には、暑いからと水道の近くで水を掛け合ってはしゃいでいる希太と大和。
生徒会の人に見つかって怒られても知らないぞと言っておいたのだが、俺の小言なんてのは覚えていないようだ。
「普通っていうか…平凡っていうか」
ふと隣に視線を移すと、どこか不思議そうに俺を見つめるひめちゃんがいた。
「ほら、俺って生徒会の人たちの言葉にすぐ翻弄されちゃうし。希太とか、大和みたいに強くは出ないしさ…」
弱いんだ、俺。
自嘲するように呟くと、彼女は俺の手を痛いくらいに握り返す。
「いてててて」
本当は痛くないけど。
痛がるふりをしたら、はっとしたような顔で手を離そうとしたので、ぎゅっと力を入れ直した。
「嘘、ごめん。離さないで」
「ほ、本当?」
「本当だよ」
心配してくれたくせに、少し怒ったような顔をしてる。
さっきの俺の言葉に、反応してくれたんだろう。
「…そうやって、言わないで」
「でも本当のことだよ。今日は暑いし、あの2人に混ざって水浴びしたい。でも、先生や生徒会の人たちに見つかったらって考えて、行かないんだ」
「……」
「俺はあの2人みたいに強くないから、こうして踏み出さないでいる」
え、とひめちゃんは小さく声をあげ、またまた不思議そうに俺を見上げた。

あの2人が眩しくて、俺はいつも目を細めてあいつらを見ていた気がする。
俺の彼女になってくれたひめちゃんも、頑張る姿は眩しくて可愛い。

そんなきみを、俺は好きになったんだ。

「…それって」
「ん?」
「孝介くんは、今のままでいいって思ってるみたい」
「……」
「だって、“行けない”じゃなくて“行かない”だし、“踏み出さない”って言ってる」
自分から今の場所にいるみたい、と彼女は言う。

「…敵わないなぁ」
実は、そうだ。
ここまで自分を卑下しておいてなんだけど、俺は別に今の自分に不満はなかったりする。
希太や大和のように、ずんずんと我が道を先行く人間じゃなかったからこそ、手に入れられたものもあるのだ。
まぁ、例えて言えば、その最たるものがひめちゃんなんだけど。
「希太は結構熱くなるタイプだし、意外と大和も気が短い。だから、俺が冷静でいないとって気にさせられるんだよね」
「…保護者みたい」
「笑わないの」
「ふふ、ごめん」
くすくす笑うひめちゃんが可愛くて、繋いだ手の指を絡めとる。
途端に顔を真っ赤にしたので、してやったりと俺は笑った。
「後ろからあいつらを見てるのも、悪くないよ」
びしょ濡れになりながらも、飽きずに水を掛け合う2人を見て、自然と頬が緩む。
それは、この光景が微笑ましいというのもあるが、もうひとつ。

ここであいつらを見ているのが、俺ひとりではないからだ。

「…孝介くんがいてくれるから、希太くんたちも我が道を行けてるんだと思うな」
隣を見れば、微笑む彼女。
並んで立つこの場所が、俺の定位置。
いいなぁ、普通って。
「俺は、ひめちゃんがいてくれるから、ここにいられてるんだと思ってるよ」
ふわふわと頭を撫でれば、嬉しそうに笑ってくれる彼女が愛しくて。
繋いでいた手を引っ張り、その場にしゃがんで、一瞬のキス。
「……!」
「……ん」
外からは見えないように。
…前を行く2人には、彼女のこんな可愛い顔、見せたくないから。

「赤いのが治るまで、ここで隠れてようか」
「…孝介くんの意地悪」




普通は正義。




(こらー!何してるんですか軽音部2人!)
(わー涼しそー!いいなー)
(うわ、生徒会!)
(……水かけちゃう?)
(ちょ、やめろ大和──!)
(…もう遅い、みたい…)


end



孝介は普通の子。
でもちゃっかり彼女にしちゃってるという。


20110616



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テーマ「人外ファンタジー」
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