唇から伝えて


やわらかく笑うあいつの顔を思い浮かべて、自分でもわかるくらいに頬が緩んだとき、来客を知らせるチャイムがなった。

「…来た」
確認もせずにドアを開ける。
そこには、思い描いていたのとまったく同じ微笑み。
「…おはようございます」
「おう、おはよう」
はにかみながら言われた言葉に、どうしようもない愛しさを感じて、笑みが零れる。
「…高野先生?」
「いや、なんでもない」
不思議そうに首をかしげるこいつの頭を撫で、部屋へと招き入れた。

鍵を閉めれば、週末限定の恋人の時間の始まり。

…のはずだったが。

「…さっきから、お前の携帯は鳴りっぱなしだな」
「は、はい…Gフェスのみんなからメールが…」
苦笑しながらも律儀に返信してるこいつの隣に腰をかけ、その横顔を見つめる。
すると、せわしなく動いていたひめの指がピタリと止まった。
「?」
「た、高野先生…?」
「なんだよ」
だんだんと赤く染まっていくひめの頬をふにっとつまんで、しばらくその感触を楽しむ。
もっと顔が赤くなっていったけど、今は無視。
「どうした?」
肩を強張らせたまま、静かに首を横に振る。
すっと頬から手を離せば、少しだけ開かれる距離。
警戒されてるのか、と俺も少しだけ距離をとった。
まぁ2人掛けのソファでとれる距離なんて、そうあったものでもないが。
「…メール」
「は、はい」
無言の時間がなんだか照れくさくなって、平静を装いひめの携帯を指差した。
「休日に、何の用だって?」
「え、あ、遊びに行かないかって…」
ん?と心の中で呟く。
「遊びにって、どこに」
「えっと…遊園地、ゲームセンター、ピッチングセンター、美術館、プラネタリウム…」
携帯を見ながら、指折り数えられていく。
んん?ともう一度。
…誘うやつの特徴が出てる。
というか、Gフェス全員に言い寄られてるのかこいつは。
「…2人でってことか」
「特に言われてないですから…たぶんみんなでだと思いますよ?」
ふぅん、とため息混じりに呟き、もう一度ひめの頬に手を伸ばした。
わかってないんだな、こいつは。
特に美術館なんて、みんなで行ってどうする。
…でも。
「高野先生?」
「行きたいか?」
つい、とひめの頬を人差し指でなぞりながら、ぽつりと呟く。
「俺じゃ、あんまりどこかに連れてってやるってこともできないしな…」
行きたかったら行けよ、と。
言おうとして、言えなかった。
真っ直ぐ見つめてくるひめの瞳に心が揺れる。
納得したように、俺はああとため息をついた。

言えないんじゃない、言いたくないんだと、いち早く気付いた自分がいる。

この一瞬で生まれた感情が、嫉妬だということも。

「高野先生…?」
「…なんだかな」
「え?」
大人げない、と思う。
こいつはまだ高校生で、遊びたいと思うことも多くあるはずだ。
こいつの自由を奪うようなことはしてはいけないし、言ってはいけないことも理解しては、いる。
だけど俺は、そんな寛大でもなくて。

「…行くなよ」

こいつのいくつかの未来を俺のせいで台無しにしてしまっても、俺との未来だけは壊さないでいてくれたら。
隣で、笑ってくれてたら。

俺の未来なんて、全部くれてやるのに。

「…間違っても、あいつらの中の誰かと2人きりでどこか行くとかするな」
「高野先生…?」
「呼び方」
「あ……真也、さん…」
「よし」
頭を撫でてやると、真っ赤な顔をしながらもされるがままに目を閉じる。
この無防備さも、俺の前だけでいい。
「…こんな俺は、嫌か?」
ぽつりと呟くと、撫でていた頭が左右に振れる。

「どんな真也さんも、好き」

小さな声で紡がれた言葉に、胸が甘く締め付けられる。

俺も好きだ。
どんなお前でも好きだよ。

「…」

……なんて、な。

未だ目を閉じたままのひめの唇に、ゆっくりとキスを落とした。




唇から伝えて。




(…そういや最近、高野に睨まれるんだよな)
(あ、俺も俺も!)
(俺もだよ。何かしたかな…)
(俺も…この前、乱暴に手当てされた、気がする)
(僕もたまに睨まれてる)

(…シンちゃん、余裕なさすぎ)


end



高野先生!
エピローグの
「よくできました」が
たまりませんでした!

次のサブキャラは…
大和か葉月先輩がいいな…

20101029



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テーマ「人外ファンタジー」
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