それは、証


不安なんだ、と呟いて、幸人先輩は私を強く抱きしめた。


幸人先輩の部屋で2人きり。
未だ壊れたままのドアノブ。
内側からは開けられない。
それにも関わらず、ドアは閉められてしまった。

今の幸人先輩は、なんだか脆くて、崩れてしまいそうで。
ベッドに座る私の胸に埋められた幸人先輩の頭を、精一杯優しく抱きしめた。
すると、さっきよりも強い力で抱きしめてくる。
縋ってくるような手に、私の心がきゅうと鳴いて。
俯く先輩の髪に触れると、ゆっくりと顔を上げた幸人先輩のガラスのような瞳に、私は釘付けになった。

「せ」

んぱい、と続けようとした言葉は、幸人先輩の唇によって奪われる。
後頭部を押さえられて、息もできないくらいに深く深く堕とされていく。
気づけば、視線の先には幸人先輩の顔と、天井が見えていた。

熱っぽい瞳が私を見つめる。

ああ、こんなときでも。
私、いま、嬉しいって思ってる。
幸人先輩が、私に感情をぶつけてきてくれることが。

こんなにも、嬉しくて。

「…おい」
「はい」
「襲われてる顔じゃない」
「……え?」
「頬が緩んでる」
「え、あ、あの…!」
押し倒されている体勢であったことを、すっかり忘れていた自分がいた。
起き上がろうとしても、腕も足も幸人先輩に押さえつけられている。

「無防備すぎる」
「す、すみません…」
「…あいつらも、大変そうだな」
「あいつら?」
「文化祭実行委員のやつらだ」
敵対している人たちのことを言っているのに、なぜだか幸人先輩の顔には笑みが浮かんでいて。
それは皮肉めいた笑みではなく、呆れてるといった方が近かったけれど、やっぱり笑ってくれることが嬉しくて、私の頬は緩んでしまう。

「…きっと」
ぽつりと呟く。
「は…」
「物理的に、近くにいるのはあいつらなんだろうな」
「…へ?」
幸人先輩のきれいな指が、私の髪を、頬を優しく撫で、首筋に降りていく。
その間、彼の唇は降り注ぐのをやめない。
「…っ、ん」

「好き、だ」

寂しそうな瞳が私を見下ろす。
「幸人、先輩…」
形のきれいな唇に触れると、先輩は驚いたように目を丸くした。

私もです、と囁く。

今だけは。

Gフェスの一員でも、生徒会長でもないから。


もっと、近くにきて。


「…好きだ」

もう一度呟いて、落とされた唇。


溶けてしまうんじゃないかってくらいに、触れた箇所から熱が上がっていく。

「まずいな」

そう言った幸人先輩の瞳は、泣きそうに潤んでいる。口だけが弱々しく微笑んで、私が彼の頬に触れると、ほっとしたように瞳を閉じた。


「…溶けそうだ」


そうならいいのに、とぽつりと口にすると、触れるだけの優しいキス。

髪がかきあげられ、額にもキスが落とされる。
そして、そのまま。
「…っ!?」
先輩の指が、私の胸に触れた。
左の、胸に。
「…ここには」
「せん、ぱ…」

「俺が、いてもいいか」

一番近くに。

もう、いるのに。

ずっと、ずっと。

「もう…先輩しか、いないです」

驚いたように目を丸くする先輩に、私からキスをした。
すぐに離れて、子どもみたいなキス。
それでも先輩は、真っ赤になった私の顔を見つめて目を細めた。
「…俺だけ?」
「は、はい」
「そうか」
ふ、と笑って、包み込むように私を抱きしめる。

先輩の香りに包まれて。

なんでか、涙が溢れた。

「…泣くな」
「す、すみませ…」
「笑え」
ふに、と口角を持ち上げられる。
「お前が教えてくれたんだろう」
「ふぇ…?」
「だから、笑えてる」

初めて会ったときは、見ることができなかった表情。

今は名前の通りに、感じてくれてるんだろうか。

…聞かなくても。

見上げれば、優しい笑顔が私を見つめていた。




それは、(幸せの)証。




(…笑うのもいいが)
(はい?)
(この体勢には、危機感を感じた方がいい)
(先輩は、危ないんですか?)
(…それがお前の手か)


end



ヒロイン最強説。

幸人先輩のストーリー
よかったですね!
さっそく海外ですか!

自分の書く幸人先輩は
弱めなのが多いです…



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