少年は成長する


ずっと前になくなったと思っていた気持ち。

それは今でも、俺の中で小さく火を灯し続けていた。


「…ノボル」
風呂場を出ると、兄ちゃんが立っていた。
「あ、次に入るの?」
「…明日、あいつ来るから…」
俺から視線を外して、兄ちゃんは少し顔を伏せて呟く。
「あいつって」
コクンと頷き、黙ってしまう。

きっと、思い浮かべてるあいつで間違いはないんだろう。

明日、あいつ来るから。

これは牽制だろうか。

「…早く帰ってこない方がいいの?」
「いや…むしろ、逆」
「逆?」
「…早く帰ってきてやってくれ」
そう言うと、兄ちゃんは小さく「おやすみ」と呟いて、部屋に戻っていった。
「…なんで、俺に言ったんだ?」
ぽつりと疑問が零れる。

『…早く帰ってきてやってくれ』

それは、誰のために?

「………まさかね」
すぐに自分勝手な解釈を打ち消す。
気にしないようにと思いながらも、モヤモヤとした気分のまま布団に潜った。


「はぁ…」
かれこれ20分。
団地の広場にあるベンチに座って、空を見上げていた。
放課後の部活が、運がいいのか悪いのか、顧問の都合でなくなったのだ(まぁ引退しているので強制ではないし)。
そんなわけで、明るいうちに帰ってはこれたのだけど。
やっぱり、なんだか帰りにくい。
「…会いたいけどさ」

あいつが転校していって、ショックを受けた自分がいた。
小学生だったけど、ちゃんと自覚はあったし、密かに泣いたのを覚えてる。

でも、なくなったと思っていた。

なのに。

兄ちゃんから、高校であいつに再会したと聞いたとき、もう1回自覚した。

あの頃の気持ちは、まだ俺の中に在り続けていたってことを。

ただ、それをどうすればいいのか、わからない自分がいて。

「…なんか、モヤモヤすんなぁ」


「大丈夫?」


「……え」
背後から返ってきた返事に、反射的に振り向く。
「…あ…」

そこに立っていたのは、今この瞬間まで考えていた人物だった。

「何してるの、こんなところで」
「…ひめ、こそ…うちに来てたんじゃなかったのかよ」
「日誌書いてたから、ミノルくんに遅れて行くねって言っておいたんだ」
「あ、そう…」
にこにこしながら、俺の隣に自然に座る。
「…うち、行かないの?」
「ノボルくんは?」
きゅ、と制服を引っ張る仕草に、俺の心は大いに揺さぶられた。
それに加えての上目遣い。

…可愛い、んだよなぁ。

じ、と見つめると、ふふ、と見つめ返す笑顔に、俺は思わず目をそらす。
「私、今日はノボルくんに会いに来たんだよ」
「え?」
思いがけなかった言葉に、もう一度視線を戻した。

ふんわりとした。

嬉しそうな、笑顔。

違う。

思いがけず、なんかじゃない。

ただ、そんなわけないって。

そう打ち消していた願望。

「おめでとうって言いたくて」
制服を握る手に力が込められる。
「うちの高校、受かったんでしょう?4月から同じ学校だね」
「あ、ああ、そのことか」
動揺を悟られないよう、そっけなく返す。
「一緒に高校生だよ!」
「って、なんでひめがはしゃぐんだよ…」
ほわんと浮かべた可愛い笑顔に向かって、緩む頬を精一杯隠しながら視線を送った。
「嬉しくないの?」
「別に…」
視線がぶつかり、そらせなくなる。

「私は、嬉しい」

頬を赤く染めて、こいつは笑った。
「ノボルくんと一緒に学校に行けるの、嬉しいよ」

ああ、もう。

なんでそんなこと言うんだ。

なぁ。

なんで俺に会いに来たの?

そう聞いたら。

なんて答えてくれる?

「……も」
「ん、なぁに?」
「…なんでもない」
「?変なのー」

無邪気な笑顔に心が鳴いた。

好きだ、と小さく。

それでも、はっきりと。

俺も嬉しい、とは、恥ずかしくてやっぱり言えないけれど。

「…もう少し、かな」

不思議そうな目を向けるこいつに、自然と微笑む。

すると突然、ひめは顔を背けて立ち上がった。
「?おい」
「も、もう帰る!」
「は!?」
「用事は済んだから!じゃあ、またね!」
「え、ちょっ…」
送る、と言わせる間もなく走っていってしまった後ろ姿に、もう一度微笑む。

「……変なやつ」

でも、俺の好きな人。

「まずは…入学してからだな」

灯し続けていたものを、これからも大事にしようと、堅く誓ったのだった。


『ノボルくん、かっこよくなっちゃってずるい!』

なんてもう一回言われるのは、まだ先の話。




少年は成長する。




(…おかえり)
(ただいま。あいつ、走って帰っちゃったよ)
(そうか。…ノボル)
(なんだよ、そんな真剣な顔して)
(…ライバルは、10人以上いると思え)
(……なにそれ…)


end



ノボルくんは
予備軍的なものです。

高校3年とかになったら
イケメンなんだろうな!



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