保健室にて


危なっかしいやつだな、というのが最初の印象で。
それは今でも変わらない。

「…無茶してんなよ」

ベッドで眠る恋人に向け、小さく呟いた。


「シーンちゃーん」
「なんだ」
「…そんなに睨まないでよ。様子見に来ただけだから」
そう言うと、弘海はカーテンを少しだけ開け、あいつの寝ているベッドを見やった。
「遅くまで起きてたみたいなの」
「知ってる」
「無理はしないようにって、いつも言ってるんだけどね」
「聞かないんだろ」
「…怒ってる?」
「別に」
はいはい、と弘海の含んだ笑い声がムカつく。
見透かされてるような視線にイライラする。

密かに怒ってるのも、密かに心配してるのも、本当のことだから、余計に。

「悪いけど、あとはよろしくね」
「…ああ」
変態もいなくなり、静かになった保健室。
春休みと言えども、いつ誰が来ないとも限らない。
廊下に出て誰も来ないことを確認し、扉の前のプレートを『先生はいません』にひっくり返して鍵を閉めた。


「…無茶してんなよ」
ベッドに腰かけ、額に手を当てがう。
準備室で仕事をしていて、立ち上がったときにそのまま倒れたと聞いた。
熱があることが判明し、円城寺が担いできて、今に至る、と。
来たときよりか顔は幾分か熱くはないが、未だ赤いそれを見れば快調とは言えない。

数日前に春休みに花見のイベントをやるとかで、食品を扱うからと書類を持ってこられた。
そのときにも顔色は良くなく、ちゃんと寝てるのかと聞いたのに。
はぁ、とため息をつき、シーツに広がる髪を撫でた。

「…高野先生」
「起きたか」
「…仕事…」
「何言ってんだ。赤い顔しやがって」
ぺち、と開いたデコを弾く。
「…昨日、ちゃんと寝たか」
「ね、寝ました」
「嘘つけ」
「う…」
起きようとするこいつの頭を押さえつけ、がしがしと乱暴に撫でる。
「もう少し寝とけ」
「でも…書類が」
「お前がちょっと抜けたくらいでやってけない委員会なんて潰れちまえ」
「そんな…!」
俺の手を振りきって起きあがり、白衣の裾を掴む。
見上げてくる瞳は、熱で潤んでいた。

保健室、ベッドの上。
誘われてるのかと錯覚する。

「…委員会、行きたいのか」
「はい」
「じゃあ」

大人しくしてろよ、と呟き、


強引に口づけた。


「ん…っ」

角度を変え、抵抗してくる腕の力が完全に弱まるまで、何度も何度も。
力が緩んだところで、そのままベッドに押し倒す。

その間も、唇を押しつけたまま。

力の抜けた手を絡ませ、ぎゅっと握る。
小さな手で握り返されると、ガラにもなく胸が甘く締めつけられた。

こんなにも好きなのか、と。

なんだか可笑しい。

「せ、んせ…っ」
「まだ、だ」
「んん…」

キスの間に零れる声に、ピクリと反応する絡めた手。

限界だ、と誰かが俺の中で叫ぶ。


「…風邪は」
唇を少しだけ離し、呟いた。
「え…」
「キスしたら、うつるって言うだろ」
肩で息をしながら、きょとんとした顔で俺を見つめる。

真っ赤な顔で、潤んだ瞳で。

「熱、下がったか?」
「…いえ…」
「ふぅん?」
「あがり、ました…」
「じゃあ失敗だ。寝とけ」
「う…」
むくれた頬を隠そうともせず、恨めしそうな視線を向けてきた。
今そんな顔をしても逆効果だということを、こいつは知らない。
上目遣いになっていることに気付いているのだろうか。
「おい」
「…はい?」
「食いもん出すんだよな」
「え?」
「花見だよ、企画してる」
「…桜餅が出ます」
「そうか」
「……なんですか?」
不思議そうに見上げてくるこいつの頭を無言で撫でる。
落ち着いてきたのか、次第に眠そうに瞳を閉じていった。
「一緒に食うか、桜餅」
「…はい…」
「じゃあ今は寝て、早く治せ」
「…ん」

すぅ、と小さな寝息。

眠るこいつに、どうしようもない愛しさを感じたり。

「…なんて、な」

健やかな眠りと、静かな微笑み。

「ここが、うちだったらな…」

なんて思ってしまった。




保健室にて。




(ん…)
(起きたか。送ってく)
(あ、ありがとうございます…って、高野先生?)
(ん?)
(…顔、赤くないですか)
(……成功したのか)


end



ヒロミ先生の
お花見ストーリー!
高野先生きた!!



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