きみだから


「あの子、可愛いよな。ほら、文化祭実行委員の」

いら。

「ああ、円城寺について回ってた子だろ?俺もそう思ってた」

いらいら。

「何も知らなそうだしさぁ。メールとかしたらすぐ落ちそうじゃね?」

いらいらいら。

「確かに!今度アドレス聞いてみようぜ」

ぶっ

「お前ら、用がないなら帰れ」
「えー」
「高野先生厳しいよー」
「お前らのためを思って言ってるんだ」
無愛想な保険医の目線を辿る生徒たち。
カーテンの陰に隠れた、もう一人の教師。
「…ひ」
「やば…っ」
「その委員会の顧問が、ぶちギレ寸前だ」
その言葉を聞いた途端、男子生徒たちは一目散に保健室を出ていった。

「…久々にぶっつんといくところだったわ…」
「夕飯な」
「…わかったわよ」
ぶちギレ寸前であった顧問というのは、何を隠そうこのアタシ、乙女の味方ヒロミちゃんなのだけれども。

「あいつ、モテんだな」
「そう、みたいね…」
わかってる、と呟くと、真也はフンとバカにしたように笑った。
「まぁ、可愛いみたいだしな」
「ちょっ…!」
「お前がいつも言ってんだろうが」
「うっ…」
握りしめた拳を緩め、はぁと深いため息。

彼女と付き合うようになってから、ため息の数が増加したことは秘密だ。

「余裕なさすぎだろ」
「そうね…自覚してる」
「お前は年上なんだし、それだけで他のやつよりは勝ってるだろうが」

「…そこなのよ」

彼女のまわりにいる生徒たちよりは大人。
だって先生だし。

でも、逆を言ってしまえば。

そこしかない、ってこと。

「シンちゃんがあの子を好きになっちゃったら…どうなっちゃうのかしら」
「どうもなんねぇだろ」
「わかんないわよ、大人だもの」

こんなことを考えていると、自分はなんて子どもなんだろうと思う。
まわりにいる男の子と変わらない。
ただ余計に年をとっているだけ。

「アタシとシンちゃんは、同じ大人なんだもの」

彼女が惹かれたって、それはそれでしょうがない。
自分の魅力は、きっとそこなのだから。

「…年上に憧れる、か」

「バカじゃないのか、お前」
「なっ」
「あいつに同じこと言ってみろ。怒られるぞ」
げしげしと膝蹴りを入れられ、出口まで追いやられていく。
「何すんのよ!」
「邪魔だ。帰れ。帰る」
「…夕飯は」
「今度でいい」
「……はいはい」
行きますよ、と俺は廊下を小走りで駆けていく。

だから、聞こえなかったけど。

「お前と俺じゃ──」

せせら笑いは聞こえた気がした。


美術準備室の入り口に立ち、呼吸を整える。
よし、と呟いてから扉を開けると、そこには彼女しかいなかった。
「あ、ヒロミちゃん」
「あら、一人?」
「うん。みんな帰っちゃったよ」
「そう」
ほっと息をつき、後ろ手に扉を閉め、鍵をかける。

ちょっとした、恋人の時間。

では、あるけれど。

「…ヒロミちゃん」
「ん?」
「なんか、変だよ?」
「…そうかしら」
今日ばっかりは、彼女から視線をそらしてしまう。

彼女はモテる。
俺と付き合っていなければ、これからの高校生活で、たくさんの出会いがあるはずだ。

これからの彼女の幸せを願えば。

教師の自分より。

他の、人を。

「…ヒロミちゃん」
「え?」
気付けば彼女は俺の前に立ち、小さな手で制服のスカートを力一杯握っていた。
まるで何かに怯えているように。

「ヒロミちゃんは、どうして私に好きだって言ってくれたの?」
「え…」

「私が、生徒だったから?」

ぐさり、と。
心に何かが刺さった気がした。

違う。

違うよ。

「そうじゃ…ない」

そうじゃない。

生徒だから、じゃなくて。


「ひめちゃん…だったから」


うん、と小さく呟く声。
そのあとに広がる、安心したように緩んだ表情。

「…私も」
「へ?」
「大人だったからじゃなくて、先生だったからじゃなくて、ヒロミちゃんだったから」

だから好きなの、と消えそうなくらいに小さい声。

なのに。

俺の心は、それだけで救われる。

「俺も、大好き」




きみだから。




(でも、高野先生から『眞壁が悩んで泣いてる』ってメールがきてびっくりしちゃった)
(…ほう)
(話のお礼に、お弁当を作る約束をして…)
(…へぇ)
(…なんか怒ってる?)
(絶対渡さねぇって思ってる)


end



ヒロミちゃん
口調が定まらないよ…



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テーマ「人外ファンタジー」
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