見えない鎖で


『これは鎖だ』

そう言った先輩の顔を忘れることができない。
見るたびに思い出す。

彼の鎖に、私は完璧に縛られてしまっている。


キラリと光る指輪の中に、遠くの廊下をダルそうに歩く彼を捕まえる。

決して早くない歩調なのに、彼は輪の中からすぐに抜け出てしまう。
私はそれをしつこく追いかけ、彼を常に収めた。

「…自由な人」

思わず零れた言葉に、自分で笑ってしまう。

よく言えば自由だけど、いわゆる自己中心的なオレ様。
そんな彼を、私はこんな狭い中に収めようとしてしまったなんて。

「そんなの、無理だよね」

ぽつりと呟いた瞬間、輪の中の彼の歩みが止まる。

「…え?」

と思ったら、次の瞬間には彼は輪の中から抜け出していた。
いきなり走り出してしまった彼に、私はなす術もなく指輪をしまう。

先輩にもらった指輪であっても、彼を捕まえていられない。

「…走ることないじゃない…」

こんなにも先輩が好きで。
ずっと、一緒に。
隣にいたいって思ってる。

「…重い、かなぁ」

鞄を持って立ち上がり、教室を見渡す。
今日はGフェスの活動はなし。
誰かがいるかと思って美術準備室に来てみたけれど、誰も来ない。
珍しい日もあるなぁ、と思いつつ扉に手をかけた。

と。

「…あ」
「っ」
「わ…っ」

勝手に開いたかと思うと、次の瞬間に私の視界は遮られた。
カラカラと扉が閉まる音と、鍵をかける音だけが教室に響く。

「恵人、先輩…?」
「…っ」
「…先輩?」
ハァハァと大きく肩で息をつき、私にもたれ掛かってくる。
その重みに耐えられず、じりじりと後ずさり、背中に窓が当たった。
これ以上、下がれない。
「先輩…っ」
「っ…」
「え…っ!」

ぐい、と引っ張られ、その拍子に床に倒れ込んでしまう。
「…った…」
しかし、思っていたほどの衝撃はなかった。
おそるおそる目を開けると、目の前には先輩の顔、が…

「…おい」
「あ、す、すみませ…!」
急いで退こうとすると、腕を掴まれ、止められる。
「ちょっと…疲れた…」
はぁ、と大きく息を吐くと、さっきまで上下していた肩の動きが緩やかになる。
「あー。きつ…」
「…どうしたんですか」
先輩を押し倒すような体勢のまま、動けずに会話は続く。
「…お前、指輪は?」
「え」
「指輪」
「あ…あります!」
ポケットからさっきまで握っていた指輪を取り出し、先輩に見せる。
すると、それごと私の手を握り、先輩との距離がなくなるくらいに引き寄せられた。
「…さっき、何してた?」
息がかかるくらいの近さに、胸が騒ぎだす。
「え、え?」
「これで、何してたんだよ」
「な、何って…」
いつにない真剣な表情。
何も、という言葉を飲み込む。

悲しそうな、顔。

「捨てようと、しなかったか?」
「…えぇ!?」
「だ、だってお前、窓際でこれ出してたろ!」
「あ…」
ゆっくりと起き上がり、強引な手つきで指輪を奪い取られる。

「重かったなら…そう言えよ」

俯いた先輩の声が、いつも自信に満ち溢れているような先輩の声が、消えそうなくらいに小さい。

どうしてそんなこと言うの。

それは、鎖で。

私を縛る、私だけの鎖で。

「…重くなんて、ないです」
「は?」
「私の方が、重いです」
「…何、言ってんだ」

だって、私。

あなたを縛りたいと思った。

捕まえたいって。

どこにも行かないように。

縛って、おきたいし。


「…先輩になら、縛られたい」


目を丸くする先輩を強引に引き寄せ、唇を重ねる。
そして、緩んだ手から、指輪を取り返した。
「さっきも…この指輪の中に、先輩を捕まえられたらって…」
「…っ」
「…重いです、よね」
私から視線をそらし、がしがしと頭をかく先輩の横顔は真っ赤。
「恵人先輩…?」
「…あーもう、なんだよ…」
一瞬のうちに私は先輩の腕の中。
痛いくらいに抱きしめられてる。
「重くねぇ」
「え」


「…もう、捕まってるよ」

降り注ぐキス。

私を抱きしめる先輩の腕は、なんだか縋りついてくるような強さで、苦しいけれど。

それさえも、嬉しい私。


ああ、もしかして。

いつの間にか、捕まえてたのかな




見えない鎖で。




(…ナニかして帰りてぇな)
(何かってなんですか?)
(ナニって…わかれよ)
(…次のイベントは…節分?)
(お前…それ本気なんだよな…)
(え?)


end



たまには
不安になることだって
あるんじゃないかな



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