オオカミの譲歩


無防備。

それは彼女の代名詞。

「…信じられない」
彼女と付き合って、半年が経とうとしている。
お互いの家にだって行き来して(僕の場合は円城寺家だけれど)、確かに余裕が生まれてきてもいい時期だとは思う。

だけど、自分はさっき言ったのだ。
「今は僕らしかいないんだ」と。
今の円城寺家には誰もいないと、彼女の目を見て、言ったのに。

ベッドに横たわり、静かに寝息をたてている彼女を見て、僕は盛大なため息をついた。

「…なんなの、本当に」
紅茶を入れるためにお湯を沸かしていただけなのに。
ほんの少しの時間なのに。
「警戒しろ」と遠回しに伝えたと思っていたのに、まったく伝わっていなかったようだった。
彼女はすっかり眠りに堕ちている。
「…バカ?」
彼女のやわらかい頬をつつくと、くすぐったそうに布団に顔を埋める。

…かわいい生き物。

そう呟き、今度は彼女の細い髪に指を通した。
さらさらと流れるように僕の指から零れ落ちていく。

「…今日は、仕方ないか」
何しろ今日は学年末試験の最終日だったのだ。
よく見ると、彼女の目の下には薄くクマができている。
徹夜をしたであろうその証拠。
普段からちゃんと授業聞いてれば、徹夜なんて必要ないのに。
それができなかった彼女だから、徹夜をしたのだろうけど。
少しの時間でも独りで放置されれば、眠くなるのは当然だ。

でも、だからって、さ。

「…ベッドで寝なくていいんじゃない?」
グリグリと額に人差し指を押しつける。
うー、と唸って、彼女はまた布団に顔を埋めた。

……おかしい。

「襲われたいの?」
耳元で囁いてみたけど、反応はない。
「ねぇ」
彼女には、一回だけ前科がある。
罪ではないけど。
一度、図書室で。
「起きてるんでしょ」
彼女は寝たふりをしている。
ピクリと彼女の肩が震えたのを、僕は見逃さなかった。

「…本当に、襲うよ?」

布団に顔を埋めたまま、彼女は小さく首をいやいやと動かした。
そんな彼女に覆い被さり、ブレザーの裾を持ち上げる。
「…ごめ、なさ…」
「いつから起きてたの?」
「おでこを…グリグリされたあたりから…」
「…僕が起こしたのか」
「ごめんなさい…」
「なんで謝るの」
彼女の隣に転がり、向かい合う。
トロンとした目が僕に向けられていた。
「寝てれば?」
「…でも…」
「そんな眠そうな目してるんだから」
頬を撫でると、気持ち良さそうに目を閉じる。
そのまま、スゥ、と寝息のような吐息が聞こえた。
「…速すぎるでしょ」
眼鏡をはずし、シワになるのでブレザーを脱ぐ。
彼女のブレザーはどうしようかと一瞬迷ったが、シワになるといけないのでやはり脱がせた。
スカートも悩んだけど、そこはダメだと思い止めた。

今度は起きない。
僕がこんなにも理性と戦ってるっていうのに。
ぎゅっと抱きしめると、嬉しそうに胸に顔を埋めてきた。

「…ほんと、無防備」

起きたらきっと、自分の格好を見て驚くんだろう。
顔を真っ赤にして怒るかもしれない。

きみが悪いんだ。

無防備すぎるから。

みんなの前でもそうだから。

「気が気じゃないんだ」

眠る彼女を抱きしめ、髪にキスを落とす。

「…お仕置き」

やわらかい唇に、悪戯。

これくらいは許してくれるよね。




オオカミの譲歩




(…なんで私、ブレザー着てないんですか…?)
(シワになるといけないから脱がせた)
(え…っ)
(スカートは悩んだ末に諦めた)
(も、もぉぉ!)
(あ、やっぱり怒った)


end



棗くんは可愛い
かっこいいっていうより
…可愛い!!



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