新しい自分


完全下校時刻まであと30分。

直江や葉月も帰った自分以外誰もいない生徒会室で、窓から差し込む夕陽を背中に浴び、書類を読んでいた。

彼女を、待ちながら。

静かな空間に、だんだんと近づいてくる足音。
廊下は走るなと何度言えばわかるのか。
ため息をつき、目を通していた書類を机に投げ出す。
俺は自然と立ち上がり、入り口に向かって歩いていた。

「ゆ」
ガラリと開けられた扉の向こうにいる彼女の腕を掴んで引きずり込み、鍵をかける。
久しぶりのぬくもりに、香りに、彼女を抱きしめる腕に少し力を込めた。
「きと、先輩…?」
戸惑うような声に胸が締めつけられるようで、彼女の肩に顔を埋める。
「…どうしたんですか?」
「廊下は走るな」
「あ、す、すみません!」
「あと」
「あと?」
「…遅い」
「……すみません」

ふふ、と彼女が微笑んだのがわかる。
ぎゅっとまた腕に力を込めると、彼女も俺の背中に回した腕に力を込めた。

これは、なんだ。

こんな気持ち、俺は知らない。

諦めていたものが、彼女によって満たされていく感覚。

誰かとこうして過ごす時間を、嬉しいと思える自分がいるなんて不思議だ。

だけど、こんな自分も。

「…悪くないな」
「…あ」
「なんだ」
「な、なんでもないです」
「言え」
彼女の顎に手を添え、俯いた顔を上向かせる。
真っ赤な顔。
潤んだ瞳に映るのは、自分だけ。

「…怒りませんか?」
「内容次第だ」
「い、言いたくありませ」
「いいから言え」
むぅ、と頬を膨らませ、上目遣いに俺を睨む。
「…呆れないで、くださいね」
「……ああ」
「…幸人、先輩が」
「俺が?」

「笑ってくれたのが、嬉しくて」

そう言って、微笑む彼女。
その彼女にそっと手を伸ばし、やわらかな頬に触れ、気付けば唇を塞いでいた。

ああ、もう。

放してやるものか。

誰にも渡したくない。

こんな、

こんな、

「…好きな、やつを」

少し離した唇で囁く。

諦めていた。

こんなにも人を愛しく思うこと。

しないと思っていた。


できないと、思っていた。


知らない自分。

生徒会の人間も。

同級生も、同居人も。

兄妹も。

俺でさえも知らない。

それは、きっと。




新しい自分。




(そういやぁあいつ、いつもあんなに急いでどこ行ってんだ?)
(…さあね)
(ナツメも知らねぇのか)
(僕よりも、双子の神秘を利用したら)
(…なんだ、それ?)


end



バレンタインストーリーを
プレイしまして…

幸人のストーリー
来そう(な気がする)!



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