あ、好きだ


いつの間にか。

孝介よりも、キイタよりも、誰よりも近くに。

俺の中に、いた。


「…あ」
「どうした、大和」
思わず出た言葉に、傍にいた孝介がいち早く反応した。
「ない…」
しまった、と心の中で舌打ちする。
うわ、と孝介も呟いていた。

次の授業で使う教科書がない。
いつもは寝てる俺だけど、次の授業の教師は寝てるとものすごくうるさく言われる。
教科書を忘れてもうるさい。
面倒で、だけどちゃんとしてれば一番ボーッとできる授業なのに。

「早く借りてこいよ」
「面倒…」
「注意される方が面倒だろ」
「…確かに」

うるさいのとか、面倒なものが嫌いだ。
いつも好きなことをして過ごせればいいのに。
そう思うと、文化祭は慌ただしかったものの、準備期間は好きなドラムができて楽しかった。

でもあんなに楽しかったのは、きっともうひとつ理由があったと思う。

「…ひめ」
「ああ、ひめちゃんなら持ってそうだな」
「行ってくる…」
「ついてくか?」
「いらない。…お母さん」
「お母さんて言うな!」
むくれる孝介を放置し、教室を後にする。


「…真っ先に思い浮かぶのが、ひめちゃんか…」


だから、孝介が呟いた言葉なんて、聞こえなかった。


昼休みの廊下はうるさい。
騒がしくて、慌ただしくて、現実じゃないみたいだ。
まるで、どこかのスクリーンに映っているものを、外側から見ているような。

自分とは違う世界。

そんな世界から抜け出して来たのが、孝介とキイタ。
たまに画面の向こうに見るときもあるけど、それを乗り越えて来てくれる。

それがなんだかくすぐったくて、どうしていいかわからないときがある。
人と付き合うってことは難しいことなんだと思い知らされる。
だけど、そんなに苦じゃないと思っている自分もいることを最近知った。

きっと、画面から出てきたひとりの女の子のせいだ。

「…せい、じゃないか…」
ぽつりと呟き、彼女のクラスを覗く。

「…あ」

どうしてだろう。
同じ制服を着て。
同じような髪型だってたくさんいるのに。
ましてや後ろ姿なのに。

向こうの世界に、いるのに。

「…いた」

どうして、彼女だけは。

わかってしまうんだろう。

静かに教室に足を踏み入れ、ゆっくりと彼女に近付いていく。
すると誰かが彼女の肩を叩き、俺の方を指差した。

あ、振り向く。

そう思った瞬間に足を止めてしまったが、いつの間にか近くに彼女はいた。
ゆっくりだったはずなのに、思いのほか、はや歩きしていた自分がいたらしい。

「大和くん」
振り向いた笑顔に、心があったかくなる。
この笑顔を見に来たんだっけ、と錯覚してしまうほどに。
「どうしたの?」
「…あ」
忘れかけていた目的を思い出し、教科書を借りに来た、と短く伝える。

「…大和くんが?」
「……なにその顔」
「珍しいな、って…」
「…まぁ、たまには」
少しむくれて返す俺に、ふふと微笑んだ。
やっぱりこの笑顔を見に来たのかもしれないと思い、あったかいものが俺を満たしていく。

「…そ、外まで送るね」
「?」
いきなりそわそわし始め、彼女は教科書を持ちつつ俺の手を引いて教室の外に出る。
「ひめ?」
「書き込みとか、気にしないでね…」
「どうしたの?」
覗きこんだ顔は真っ赤で、俺と目を合わせようとしない。
「どうもしない、けど」
「嘘。どうしたの?」
「…っ」
「俺、何かした?」
「…大和くん、無意識?」
「…無意識?」
何のことかわからずに聞き返すと、うかがうように彼女は俺を見た。

真っ赤な顔。
上目遣いで、俺を見つめる。


胸に広がるこの気持ちは。

何なんだろう。


「…すごく、優しく笑うから」
「へ」
「他の人に、見せたくないなって思っちゃったの!」
早口にそう言うと、彼女は教室に戻っていく。

見せたくないって。

俺も、思うよ。

一緒だよ。

他のやつに見せたくないって。

独り占めしたいって。

…思う、し。

「………」

残された俺は、自覚する。



あ、好きだ。




(孝介ー)
(あ、キイタ…)
(元気ねぇなぁ、どうした?)
(なんかこう…巣立たれる感覚なんだよね…)
(?孝介は何かの母親なの?)
(…そんなキャラだよな…俺)


end



大和くんが好きで…
サブキャラ好きがバレます。



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テーマ「人外ファンタジー」
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