幸せ、です。


抱きしめられている。

それを気づかせたのは、彼の呼吸。
そして縋るように制服を掴む手の強さだった。


第一印象は「冷たい人」。

名は体を表すと言ったものだけど、彼にはまったく当てはまらない。
片割れは伸び伸びと、天の恵みを一身に受けているかのように笑い、生きている。
なのに彼は、幸せなんて知らないとでもいうくらいの無表情で、ただ淡々と生きていた。

文化祭が終わったあとに見せた、あの寂しそうな瞳。
握りしめられた拳。
触れたくなった背中。

崩れたポーカーフェイス。

目が離せなくなる。

先に抱きしめたいと思ったのは、きっと私だった。


「…幸人、先輩…?」
文化祭が終わって、静寂の中。
彼にとっての聖域である生徒会室で、私は彼に抱きしめられていた。
「…」
先輩は何も言わない。
ただ、首筋にあたる吐息がくすぐったくて、私がときおり身を捩ると、さらに強い力で抱きしめてきた。

「行くな」

いつもの強い言葉も、私の制服に吸い込まれていく。
そこからじわじわと全身が熱くなっていくような気さえした。

「せ、んぱい…」
「うるさい」
「…先輩…」
「黙れ」
「幸人先輩…」
「…っ」
くぐもった声に、私は思わず彼の背中に腕を回した。
ぴく、と先輩が動いたのがわかる。

「…俺は」
ぽつりと彼が呟く。
ぎゅう、と抱きしめる腕に力がこもった。
「お、れは…」
震える声。
不自然に途切れる言葉。

泣いて、いるの?

力一杯、私は抱きしめ返す。
彼が崩れていかないように。
守るように。
やわらかい髪が、私の頬に優しく触れた。
「文化祭…楽しく、なかったですか?」
「…みんな…楽しんでいたろう」
「…幸人先輩は、楽しくなかったですか?」

みんなが笑ってくれたって。
先輩が笑ってくれなきゃ意味がないの。
生徒が楽しんでたって。

「幸人先輩が楽しんでくれなかったのなら、意味ないです…」

だって、準備してるときだって。
忙しさで目を回しながらも。

あなたのことを考えていた。

「楽しくなかったのなら…文化祭は失敗です」
「…そんな、馬鹿な話があるか」
私を捕まえていた腕を緩め、真っ暗な教室の中で、先輩は私を正面から見つめる。
「俺、ひとりのせいで…」
校庭からのわずかな明かりで浮かぶ先輩の表情。
頬を伝う、涙。

「…そばに、いてもいいですか」

第一印象は「冷たい人」。
だけど、今は。

「寂しい人」。

かろうじて動く右手で、彼の涙を拭う。
すると、とてもゆっくりとした動作で、私の右手を優しく握った。

「…どうして」

絡まる指は、心なしか震えている。

幸せを知らない先輩。
だから、私が教えてあげたい。

私の「好きな人」。

もう、泣かないで。

「…幸人先輩が、好きだからです」

笑ってほしい。
泣かないでほしい。

寂しくないように。
私が一緒にいたい。

幸せを、感じてほしい。

「…嘘だ」
「嘘じゃ、ありません」
「俺を騙してどうする」
「騙してなんか、ないです」
「…Gフェス、のくせに」
「でも、私は幸人先輩が好きです」

寂しそうに濡れ、不安そうに揺れる瞳と見つめ合う。
信じて、信じて。
どうすればいい?

「…ごめんなさい」

無理やり幸人先輩の制服を引っ張り、その唇に触れる。
なんて冷たい唇なんだろう。
でも今はそれが心地いい。
彼に触れているのだと、実感する。

ゆっくりと離れ、目を開けたままの彼を見つめる。
彼の目から、ぽつりと涙が零れた。

気付いたときにはもう一度、冷たい感触。
塞がれた唇。
深いキス。
息ができなくても、その苦しささえ愛しい。

先輩。

「…これが」

これが。

「…幸せ、なのか」




幸せ、です。




(恵人、どうしたの)
(んー?…よくわかんねぇけど)
(うん?)
(幸人…幸せなんかな)
(…どうして?)
(俺が今、幸せな気分だから)


end



幸人くんには付き合ったらデレてほしい



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