彼女は中毒者


大成功に終わった文化祭から、一週間が過ぎた。
つまり、文化祭のフィナーレを飾る花火が見える教室でナツメ先輩に告白されてから、一週間が経ったことになる。
生徒会の神憑り的な働きのおかげで、後片付けも1日で終わり、生徒たちは早くもいつも通りの生活を取り戻していた。


…私たちを、除いて。


「…ナツメ先輩」
「なに?」
涼しい顔で返事をする声さえも、今の私には毒みたいだ。
それも、とんでもなく甘い。
「…宿題、できません」
「どこがわからないの?」
「そ、そうじゃ、なくて…あの…」
「じゃあ早く終わらせなよ」
この状況が…と言おうとしたら、さっきよりもナツメ先輩は腕に力を込め、私の肩に顎をついた。
「…っ」
後ろから抱きしめて頭に寄りかかるだけでなく、私と顔を並べる形になる。
正直、宿題どころじゃない。
円城寺家にお世話になっているナツメ先輩の部屋だから、人目を気にする必要はない。
でも、その代わりに。

ふたりっきり、なのだ。

「手、止まってるよ」
「っ」
先輩が喋るたびに、耳と肩から全身に毒が回っていくように痺れる。
声が甘いせいだ。
わざとやってるんだろうか。
顔が赤くなってるような気がしたけれど、意を決して先輩を見る。
「ん?」
甘い声がすぐ近くで響く。
すごく顔が近い。
ああ、端正な顔立ち。
ふんわりと優しい微笑み。
眼鏡の奥にある瞳は、きれいな光を宿している。
でも、笑うととってもやわらかくてあたたかい目になる。
天文学者になりたいと言った彼の目は、自信なさげに微かに揺れていた。
でも、それでも。
それさえも。

「…すき」

思わずこぼれた言葉に、先輩は目を丸くして私を見つめる。
「…あ」
口をついて出た言葉の恥ずかしさに、さっきよりも赤くなったであろう顔を隠すために私は勢いよく顔を背けた。
「なに、それ」
はぁ、とため息が聞こえて、また私の肩に重みが戻る。
「…ナツメ先輩?」

「…君はいつもそんな無防備なの?」

「え…?」
「わざとなの?天然なの?僕以外にもそんな顔見せてるわけじゃないよね?」
早口で捲し立ててくる先輩に、私は戸惑う。
先輩を纏う空気が、変わったような気がした。
「恵人も晴彦も希太も森田も、幸人でさえも、君を見る目が違うってこと、わかってる?」
Gフェスも生徒会も、関わっている女子生徒は私だけだから…
「…他に女子がいないから、気を遣ってもらってるのは、なんとなく…」
わかってるつもりです、と答える。
意外と幸人先輩も葉月先輩も優しい。
直江先輩は別だけど。
「…わかってないみたいだね。なんとなくそんな気はしたけど」
はぁ、と先輩はまたため息をついた。
「…ナツメ先輩?」
「学校でそんな風に顔赤くするのは禁止。あと、なるべく僕以外の男と密室でふたりっきりにならないこと」
ふに、と私のほっぺたを軽くつまんで、先輩と向かい合うように引っ張った。
「わかった?」
「…ふぁい…」
近いです、先輩。
私、今…
「…言ったそばから、真っ赤」
ふ、と諦めたように笑い、つまんでいた手を離して頬を優しく撫でてくれた。
その仕草は、キスをする前にいつも先輩がしてくれるもので。
頬に熱が集まっていく。
「…これから、何されると思ってるの?」
「…え」
「期待、してる?」
意地悪だ。
甘く微笑んで。
優しく触れてきて。

期待しないわけ、ない。

「…他の、人に」
「ん?」
「他の人に、顔が赤くなったりしません…」
先輩の目をまっすぐに見る。
もう顔が赤いのはしょうがない。
だって。
「先輩だから、こんなに赤くなっちゃうんです…」
「…なんで?」
私をまっすぐ見返してくる。
レンズの奥の瞳には、私が映っていた。

「…すき、だから…」

小さい声で呟いた瞬間、唇が何かで塞がれる。
目の前にはナツメ先輩の顔。
少し遅れて、私はキスされているんだってことに気がついた。
いつもより長く、甘い。
呼吸をしなくちゃ、ということしか頭にない。
すがりつくように、私はナツメ先輩のシャツを掴んだ。
するとリップ音をさせて、唇はあっけなく離れる。
「…いろいろ、僕にだって限界はあるんだ」
「ナツメ、先輩…?」

「…僕も、好きだよ」

ちゅ、と一瞬だけのキス。
「理性的でいられるのにも、限界があるから」
「?」
「…そのうち、キスだけじゃ終わらなくなるから覚悟してってこと」
もう一度、ちゅ、とキス。

ああ、やっぱり毒みたい。
先輩の声も。
笑顔も。
キスも。

甘い甘い、私だけの毒。




彼女は中毒者




(とりあえず宿題終わらせてよ)
(は、はい)
(早く僕だけに構って)
(…はい)


end



棗くんは独占欲がハンパない。



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