ありがとう


赦されるなんて思ってない。

それでも、俺は──





星月学園を卒業したばかりの、懐かしいとはまだ言えそうにない4月。
月子にこの学園へと呼び出された俺は、葉桜を楽しむように、ゆっくりと目的地に向かっていた。

なんとなくというか、なんというか。
早く行かない方がいい気がしている。

すぐにでも月子に会いたい気持ちを抑え、今日という日に呼び出された意味に少しだけ期待をしながら、校舎へと足を踏み入れた。


目的地である生徒会室へと続く階段を上っていくと、足下にふと影が落ちる。
踊り場に立つ人の足が見え、俺は何気なく視線を上げた。


「……錫也…?」


思ってもみなかった人物に、俺は目の前に立つ奴の名前を呟くことしかできない。
在学中にはほとんど合わせることのなかった顔が、今日は正面から俺に向けられていた。

「…月子に、聞きました」
「え…」
「不知火先輩が来るって。…だから、待ち構えていました。あいつは知りません」
「………」

戸惑い、躊躇い。
迷い。
錫也の声に滲むもの。

それでもやっぱり強く感じるのは。


あの日から変わらない、敵意だ。


「今日、月子に呼ばれた意味、わかってますよね」
「…ああ」

わからないわけがない。
少しだけ、なんて格好つけて。
本当は、大きく期待をしていたから。

「ケーキ、あいつの手作りですから」
「お、おお…」
「作り方を教えて欲しいって、俺に言ってきて…もう、いっそ嘘でも教えてやろうかと思って……」
「………」

小さくなっていく錫也の言葉に、俺は静かに耳を傾けた。


…そんなこと、できないよな。

錫也は、昔から、月子には甘くて。
自分の心を裂いてでも、月子のために行動してきた、錫也。

月子を危険な目に遭わせて。
月子に恐怖を植えつけた俺を。

お前は、赦せるはずもないのに。

「…錫也」
「………っ」

どれだけ、つらかったんだろうな。

俺のために頑張るあいつを見て、それでもきっと、笑顔で接していたんだろう。

想像なんてできるはずもない。
わかるよ、なんて言えない。


その気持ちは、お前だけのものだから。


「俺は、まだ、あなたを許せません」
「…ああ」


赦されるなんて思ってない。

それでも、俺は。


「それでも、月子はあなたを選んだ」
「え……」
「…あなたの傍にいることを、選んだから」

錫也は俺から少し距離を取り、俺に向かって頭を下げる。


「…泣かさないで…幸せにしてやってください」


強い想いのこもった言葉を、絞り出すように錫也は言った。

…つらいことをさせてるな、と思う。
相手の幸せを願うことは、隣にいるのが自分でなければ、苦しいだけだ。

「錫也」

昔のように、くしゃりと頭を撫でる。

「約束する」
「………」
「俺も、傍にいたいんだ」
「………」
「…じゃあ、な」


謝るのは、違うよな。


心の中でそう呟き、錫也の横をすり抜け、生徒会室へと向かった。




ありがとう。

いつか、ちゃんと言えるだろうか。




(誕生日おめでとうございます!)
(ぬいぬい!おめでとうなのだー!)
(おめでとうございます、会長)
(おう、ありがとな!)
(好きなもの、食べてくださいね)
(…じゃあ、ケーキから)


end


一樹会長誕生日おめでとう!
1日遅れてしまいましたが…


20120420






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テーマ「人外ファンタジー」
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