ありがとう


罰が、当たったんだと思った。

僕がこの日を、待ち望んでしまったから。



気付けば、窓から差し込む光はオレンジ色に変わっていた。
寝起きのぼんやりとした頭を押さえ、ゆっくりと上半身を起こす。
「…生徒会…」
ぽつりと零れた言葉は、彼女と会える場所。

今日だけは、彼女に会いたかった。
ただ顔を見るだけでよかったのに。

それすらも、欲張りな願い事だったんだろうか。


熱を出して寝込んだ僕は、今日一日を寮の自室で過ごさなければならなくなった。
外に出ることも叶わず。
彼女に会うことさえもできず。


また、今日という日に、独り。

胸に広がる不安。


「…あいたい」

小さく呟いた瞬間、部屋に響く機械音。
着信を知らせる音に、僕は枕元に置いてあった携帯電話に手を伸ばした。
「…一樹会長…?」
ディスプレイを見れば、そこには去年卒業した、偉大なる元生徒会長の名前が表示されている。

「…はい」
『よお、颯斗!熱出したんだって?大丈夫か?』
聞き慣れていた明るい声が、耳元で響いた。
「ええ、だいぶ良くなりました。…ですが、どうしてそれを?」
『どうしてって…まぁそんなこと、どうだっていいじゃねーか』
誰かに聞いたんだろうか、と考えたところで、また彼女の顔が浮かぶ。

ああ、会いたいな、とまた心が鳴いた。

『颯斗』
「はい?」
『…そう思うのは、欲張りなんかじゃないからな』
僕の心を見透かしたように、一樹会長は続ける。
『お前は欲張りでもなんでもない。我慢してた今までのもん全部、これから取り戻していいんだ』
「…一樹会長…」
『っつーわけで』
『ぬいぬいばっかり喋ってずるいぞ!俺もそらそらと喋りたい!』
「つ、翼くん?」
『大丈夫か、そらそら!風邪早く治すんだぞ!』
『オイこら翼!俺がまだ話してたろーが!』
『ぬぬぬ…俺だって喋りたいのだー!』
俺だって心配なのだ!と、電話の向こうで翼くんは叫んでいた。
素直な彼の言葉に、僕の頬は自然と緩む。

もしかしたら、一樹会長は今日、生徒会室に来ているのかもしれない。
翼くんといるとなると、そう考えてもいいんだろう。
だったら、彼女もその場にいるんだろうか。
…せめて、声だけでも。

「…あの、会長…」
『あ、ああ、悪い。もう届くと思うから』
「は…?」
届く、って。
小さく呟くと、扉をノックする音が聞こえてきた。
「すみません、会長。誰か来たみたいです」
カーディガンを羽織り、会長に断りを入れつつ扉の方へと足を向ける。

『そうか。まぁ、俺たちからのプレゼントってことで』
「…?」
『ぬいぬいも行きたそうだったけど、俺が相手してあげてるから大丈夫だぞ!』
『それ逆だからな!俺がお前の相手をしてやってるんだからな!』
『ぬいぬいがうるさいのだ』
『なんだとコラ!!…って、こんなこと言ってる場合じゃねーな。おい、翼』
「会長?」
耳元で聞こえる声が少しだけ遠くなり、『せーの』という言葉が小さく聞こえたあと。


『『誕生日おめでとう!!』』


僕の生まれた日を祝う言葉を二重に響かせ、通話は切れた。

「…」
コンコン。
扉をノックする音は、まだ続いている。
僕はドアノブに手を伸ばし、ゆっくりと扉を開いた。

「…颯斗くん」

少し不安げな笑みを浮かべながらも、そこに立っていたのは紛れもなく、僕が望んだ彼女。
ぱたんと閉じられた扉の内側で、彼女はじっと僕を見つめていた。
僕はといえば、携帯電話を持つ手は力なく下がり、ただ真っ赤な顔をした彼女を見つめ返すことしかできない。

…届いた。

彼女が。


「月子さん…」
遠慮がちに差し出された左手の小指には、真っ赤なリボンが結ばれている。
反射的に、僕はその手を握った。

「…颯斗くんの傍にいたくて」
「え…」
「迷惑かもしれないけど…でも、今日は」

ぎゅう、と握り返される手に、心臓が掴まれたんじゃないかという錯覚に陥る。

「看病させて。…一緒にいさせて」

胸が苦しい。

でも、つらくはなくて。

「颯斗くんが生まれた、大切な日だから」

この感情は、きっと、彼女がくれたもの。


「…お誕生日おめでとう、颯斗くん」




ありがとう。


プレゼントは、『あなた』という『幸せ』。




(一樹会長も、来てくれていたんですね)
(うん。元気になったら、また改めて、みんなでお祝いさせてね)
(…はい、楽しみにしています)
(………)
(…どうしました?)
(幸せそうに笑ってくれて、幸せだなって)


end



颯斗くんおめでとう!
アフターが待ち遠しい。


20110915






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